みんなでお買い物

「はい、ヤマモトさん。お口を開けて下さい……もっと大きく。で、無いと美しいお口が汚れちゃいます」


 「う……うん」


 ウィトンさんの奴隷船から出て数時間後。

私とアンナさんはカフェでパフェを食べていた……と言うか、もっぱらアンナさんから食べさせてもらっていたんだけど。


 あの時、ウィトンさんに床に投げ落とされたとき、右腕をしこたま打っちゃったせいか、痛みで動かしにくい、とポロッともらした途端、目を輝かせた……(ように見えた)アンナさんの強い要望で、食事の時にこうして代わりに口に運んでもらっている。

ゆっくりなら自分で食べれるのに……


「ああ……ヤマモトさんが私無しでは生きていけない状態に。何だろう……この心が震えるような喜びは……ああ! いけない! こんな邪念を持った悪い従者を叱って下さい!」


 そう言いながら一人で身もだえしているアンナさんを見ながら、ライムは呆れたように耳打ちしてきた。


「ねえリム、やっぱあの一言マズかったね」


「え? 何の? 何も言ってないよ」


「ほら、言ってたじゃん『アンナさんの事、大好きだから』って。あれから明らかに態度違うんですけど」


「え? そんな……あれはあくまでも友達として……」


「ほらほら~それって恋愛マンガでよくあるやつ。恋愛フラグってやつじゃない? 大体『ヤマモトさんは私の物』とか爆弾発言するような相手に言っちゃダメだって」


「うう……」


 港から出た後、コルバーニさんは急に「野暮用がある」と言って単独行動をする事になった。

最初は同行を申し出たけど、何故か強く拒否されたのだ。


「ん~、たまにはお姉さんも一人になりたい事があるんだよね。ちょっとやりたいことがあってさ。ゴメンね、リムちゃんとライムちゃん」


「え~、そんな! せっかくここまで一緒に居たのに。行こうよ行こうよ!」


 不満げに口を尖らせながら私とコルバーニさんの間をクルクル飛び回っているライムに、コルバーニさんはニヤリと笑って言った。


「ゴメンね~ライムちゃん。まさかそんなにお姉さんの事大好きになっちゃってたなんて、ビックリだし感激だよ。私も泣きたいくらい連れてってあげたいけどさ~ゴメンね」


 口調や表情こそいつものコルバーニさんだったけど、なんか気になる……

ううん、止めよう。こんな事考えてるとモヤモヤしてきちゃう。

それよりもう一個知りたいことがあったんだ。


 私はまだ身もだえしているアンナさんに言った。


「と……所でアンナさん、ちょっと気になることがあるんだけど……何で私たちが港の奴隷船に居るって分かったの?」


「そうそう! それ気になってた。それとさ、なんであの人達が公設軍隊じゃないって事も分かったの?」


 私とライムの問いかけに、ハッと我に返ったアンナさんは気まずそうに咳払いをすると、話し始めた。


「はい、まずあの後を考えてみると、公設軍隊の身元確認であれば私とブライエ殿の身元の再確認も行わずにお三方だけ連行は考えにくいです。普通は私たちも一味だと疑いを持つはず。私なら全員連行します。そして、なぜ奴隷船に居ると分かったか……ですが、これは合い言葉です」


「合い言葉?」


「はい。私たち弟子とコルバーニ先生は、実践に即した訓練を行う集団である関係上、危険に身を置く可能性も高い。そのため、いざと言うときのために数々の合い言葉を決めています。今回であれば『ドラマみたい』がそれに当たります。一つ一つの単語の頭にくる言葉……今回なら『ドラマ』の『ど』と『みたい』の『み』。その言葉に該当する場所を疑えという意味。カーレに入る前にその疑念を持つ場所のリストを確認し合ってました。カーレで『ど』にあたる場所は奴隷船。洞窟はカーレにないし、泥棒は該当しないので。『み』は他にカーレで該当するのは港。なので、港にある奴隷船と判断しました」


 そ、そんな意味があったんだ……いつもの軽口と思ってたら。


「じゃあさ、もし私たちが奴隷船じゃなくて、最初にいた監禁場所の部屋のままだったらどうするのさ?」


「それであれば、コルバーニ先生なら自力で脱出できるでしょうから、わざわざ合い言葉を使うに及びません。奴隷船は出港したが最後なので救出活動を要しますから。私も奴隷船に皆様がいなければ、計画変更するのみ」


「なるほど……」


「この事を隠しておいて申し訳ありません。合い言葉については道場内において極めて秘匿性の高い物で門外不出扱いなので」


「でも今、全部リムにしゃべってるじゃん」


「そ……それは……私と……ヤマモトさんの間柄ですし……って! ああ! 邪念よ去れ!」


「アンナ、ホストとかに会社のお金貢いじゃうタイプだよね」


 呆れたようにつぶやくライムに私も心の中で頷いた。


 それから、あれこれお話ししながらアンナさんに口まで拭いてもらって(!?)お店を出た私たちは、通りを歩いていた。


「これからどうします、ヤマモトさん? 夕方には先生たちと合流しますが、まだ時間ありますよ」


「う~ん、どうしようかな。でもどこが安全なのか分からないし……」


「あ! でしたら、この通りの先にバザーがやってるんです。よかったら」


 アンナさんの案内で歩いていくと、通りの両端に路面店がビッシリと並んでいる通りに出た。

木の柱の上に布を張っただけの屋根に、テーブルを置いただけの簡素な屋台だけど、エキゾチックな色やデザインの布や、宝石、アクセサリー類や食べ物等々様々な物が置かれていて、お祭りに来ているようなワクワク感がある。

それは他の人たちも同じなようで、通りは人でごった返していてそこかしこでお店の人とお客さんの声が響いている。


「凄い熱気……何かこっちまで元気になってくる」


「でしょう? 私もこういう雰囲気大好きなんです。あ! ヤマモトさん、このお店可愛いアクセサリー売ってますよ」


 そう言うと、アンナさんはいそいそと屋台に向かうと、店主の人と何やら話してテーブルから1つ手に取ると駆け寄ってきた。


「どうぞ。僭越ながらプレゼントです。あの時の……カンドレバで怪我した私へして下さったこと……キチンとお礼をしてなかったと思い」


「そ! そんな! 悪いよ。そんなつもりじゃ」


「ふふっ、もう買っちゃいましたのでぜひ。似合うと思います」


 アンナさんの言葉に胸の奥が熱くなるのを感じた。

みんなに迷惑かけただけだと思ってたのに……アンナさんは覚えててくれてたんだ……


「ありがとう! じゃあ……って……これ?」


 アンナさんが渡してくれた物を見ると、手首丸ごと覆うかのような骸骨の頭がかたどられたブレスレットだった。

ポカンとしている私にアンナさんは、ニコニコと話す。


「可愛いですよね! 一目見て絶対ヤマモトさんに似合うと思ったんです。可憐で全てを包む清流のようなヤマモトさんの中に一筋の光のような存在感を与えるアイテム。私と思ってお持ち頂ければ」


「……ありがと」


 こっそりカバンにしまっちゃおうかと思ったけど、アンナさんの期待に満ちた目を見てると、とても出来ない……うう。

仕方なく右腕にはめたけど何か……凄い存在感だ……学校の不良さんが好んで着けてたような。


「くっ……ふっ……リム、凄い似合ってるよ。その違和感がまた、いい味」


 笑いをかみ殺しているライムをにらみ付けると、他の屋台をブラブラと冷やかした。

楽しいな……そういえば、誰かとこんな屋台を回ったのなんていつ以来だろ。

元々友達も全然いなかったけど、学校に行かなくなってから余計関わるのが気まずくなっちゃって、避けちゃってたから……

今は、ライムもアンナさんも居てくれる。

友達がいたら……こんな感じだったのかな。


 そう思いながら見回していた私の耳に後ろから「お姉ちゃん……」とか細い声が飛び込むと共に、服の袖を引っ張る感触があった。

あれ……

後ろを見るとそこにはあの時の奴隷船にいた女の子が立っていた。


「あなた……あの奴隷船の子じゃない」

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