アンナさん、キレる(後編)
「ぐわあ!!」
メタボさんの悲鳴を合図にジョセフと言われていた男性と、その呼び声でやってきた数名……いや、十名以上の男性がなだれ込んできて、アンナさんに斬りかかってきた。
「ふっ!」
息を吐くようなかけ声(?)と共に、アンナさんは男の人たちの動きに絡みつくように、動き……いや、舞っていた。
それはまるで、男の人たちと舞を舞っているような……そんな錯覚さえも感じるような美しさだった。
(あの子は天才だね)
ずっと前にコルバーニさんが言っていたアンナさんへの評価が蘇る。
ああ……アンナさんは天才なんだ。
呆けたように見とれているうち、男達はみんな倒れメタボさんも肩を押さえて苦しんでいる。
「ヤマモトさんに死などと言う醜い物を見せたくありません。だから全員急所は外した。安心しなさい……ただし」
アンナさんはそう言うと、メタボさんに近づくと頭を
「ヤマモトさんに土下座しなさい。汚い手で触れて申し訳ありませんでした、って。さもなくば……」
「アンナさん、もういいよ! 私は大丈夫だから」
「ですが……」
「本当に気にしないで。私なんかのためにあんなに怒ってくれて有り難う。嬉しかった……でも、アンナさんのそれ以上怒ってる姿は見たくない。アンナさんの事、大好きだから。だから……ね?」
そう言って微笑むと、アンナさんの表情も、先ほどの鬼瓦が嘘みたいにニヤけた感じに変わった。
「私なんかにもったいないお言葉。……今の言葉、生涯の宝物にします。そして、ヤマモトさんがそこまで言うなら」
「ひ、ひいい!」
すっかり怯えきっている可哀想なメタボさんに向かって、アンナさんは氷のように冷ややかな口調で言った。
「ヤマモトさんのお慈悲によって貴様は救われました。泣いて喜びなさい」
「は……はいい! 泣いて喜びます!」
「では、今から私たちみんなをこの船から降ろしなさい。速やかに。もし、変なことを企んだら……」
「大丈夫です姉御! このウィトン、姉御の剣に誓ってそのような事は! もし良ければ、姉御と呼んでもいいですか? 姉御のあの剣さばき……趣味で剣術教室に週1回通っている俺には……分かる。あの動きに女神を見ました!」
「え? な、何で……」
困ったような顔で私とコルバーニさんを見るアンナさん。
これ……どういう展開なの?
「ははっ! これは面白いなアンナ。船の制圧が目的だったが、思わぬ副産物も手に入った。私との段取りを無視してまたも騒動を起こした罰だ。そいつを従えろ」
おかしそうに笑いながら言うコルバーニさんを、アンナさんは少しの間嫌そうに見つめた後、私の方を見た。
「い……いいんじゃないかな。ビックリした事もあるけど、根は悪い人たちじゃなさそう……かな? でも、あんなに慕ってるんだし」
「う……ヤマモトさんが……そう言うなら……従います」
苦渋の決断、と言う言葉がぴったり来るような感じで頭を下げたアンナさんは、メタボさん……ウィトンさんに向かって言った。
「分かった。私に従え。ただ……覚えておけ。私の命と身体はこちらのヤマモトさんの物。と、言うことは、あなたの命と身体も同じくヤマモトさんの物と言うことです。これは言うなれば生涯をかけた血の盟約。それに従えるのであれば、あなたの願い聞き入れましょう」
え! そんな大げさな……って言うか、ウィトンさん目を輝かせて聞き入ってる!?
「はい! かしこまりました。血の盟約、確かに。有り難うございます、姉御! では、お約束通り今からここの皆を解放しましょう」
「あ……その前に」
私はウィトンさんと、他の人たちの手当をした。
お母さんの見よう見まねだけど、何とかなりそうで良かった。
「有り難うございます、姉さん」
ね、姉さん!? なんかヤクザみたい……
ウィトンさんはその後、さっきの男の人たちとは別の人たちを呼び、テキパキと指示をして船から私たちみんなを降ろしてくれた。
「ありがとう、ウィトンさん」
ぺこりと頭を下げる私に、ウィトンさんは手と首を振って慌てて言う。
「いやいや! 姉御と姉さんにエラいことを……ですがこれからはもし、何かヤバいことになったら俺の名前を出して下さい。後、お二人の名前も……リム・ヤマモト様とアンナ・ターニヤ様ですね。確かに。ではその時にお二人の名前も。出来ないこともありますが、出来ることは全力でお助けします」
「その言葉、信じますよ」
「もちろんです姉御! 神に嘘をついても姉御には嘘をつきません!」
そう胸を張って言うウィトンさんに見送られながら、私たちは船を離れた。
長い間暗闇の中にいたせいか、太陽の光が酷く眩しく感じて思わず目を細めた。
でも……気持ちいい。
やっぱり朝日は元気出るな!
その時、私はハッと先ほどの兄妹の事を思いだした。
慌てて見回すけど、二人の姿はどこにも居ない。
大丈夫かな、あの子たち。
無事に両親の所に帰れるといいけど。
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