私のしてほしいこと

 その時、急に耳元で大きな鳴き声が聞こえたので、驚いて声の方を見た。


そこには、5,6歳くらいの女の子が膝を抱えて泣いていたのだ。

そして、隣にはお兄ちゃん……かな? 10歳前後くらいの男の子が頭を優しく撫でていた。あの子たちもつかまったんだ……


 お兄ちゃんらしき子は一生懸命、泣き止ませようとしていたが女の子はよほど怖いのか、火か着いたように泣いている。


「うるさい! そのガキ何とかしろ!」


 ピリピリしている他の人たちの神経を刺激されたのか、1人の男性が女の子に向かって怒鳴りつけた。

その声に怯えたのか、女の子はさらに泣き出してしまう。


 私は……またモヤモヤした気持ちになっていた。 

確かにみんな心細いのは分かる。

でも……大人が怖いなら子供はもっと怖い。

怒鳴った人が悪いなんて全然思わない。気持ちは分かるから……でも、同じくらい泣いている子の気持ちも分かる。


 私は立ち上がると、その子の近くに歩いて行った。

2人は私に気付いたのか、キョトンとした表情で視線を向けてくる。


 うう……勢い任せに来ちゃったけどどうしよう。

どうやってこの子達に関わればいいのか、いざとなると途方に暮れてしまう。


 その時、急に目の前の子が私自身に重なった。

学校に行くことが怖くて、朝が近づくと布団の中で涙ぐんでいた私。

テンが居なくなった後の川を見て、泣いてしまった時の私。

どうしようもない怖さや悲しさにただ、泣くしか出来ない私。

この子はあの時の私だ。


 そう思うと、私はかってに身体が動き出した。

そうだ。

自分は何が出来る、じゃない。

自分だったらどうして欲しいか。

 

 私は、女の子の横に同じ格好で座るとそっと話しかけた。


「すごく怖いよね。お姉ちゃんも怖い。泣きたくなるくらい。私たち一緒だね。だって怖いんだもん、しょうがないよね。でもさ……なんでお姉ちゃん泣いてないか分かる?」


 女の子は泣きながら首を横に何度も振った。


「信じてるから。きっと助かるって。お姉ちゃんね、とっても頼りになるお友達が沢山居るんだ。その人たちがきっと助けてくれるんだよ。だから泣いてない。……ちょっとだけお姉ちゃんを信じてくれるかな? きっと、みんな助かるから。ね?」


 そう言って、その子と同じように俯いた。


「でも……やっぱり怖いよね。うん、私たち一緒だよ」


「……一緒?」


「うん、一緒。だから君は1人じゃ無いよ。お姉ちゃんと同じだから」


 そう言って俯いた私の頭を女の子が優しく撫でるのが分かった。

驚いて顔を上げると、女の子は「お姉ちゃん……大丈夫……守る……あなた」と震える声で言った。


「うん……ありがとう」


 隣の男の子はその間、無言で私をずっと見ていたが私と目が合うと、横を向いた。

まあそりゃ警戒するよね。

まして、ここは捕まって連れてこられた奴隷船。

でも、かっこつけたのはいいけど……

そんな事を考えながらふと後ろを見ると、いつの間に来ていたのかライムとコルバーニさんがしゃがみ込んで、私をニンマリと笑いながら見ていた。


「リムちゃん……いい感じだね。それも『勇気』なんじゃない?」


「りむ、それだよ! そういう事を重ねてってよ」


 2人の顔を見てるとなんだか照れくさくなって、横を向いて答えた。


「うん……でも、どうしようか? もういつ船が出ちゃってもおかしくないでしょ?」


「それな! ね? ね? どうするのさ。コルバーニさんも剣を取られちゃったし、アンナやブライエ達もまさか私たちがこんな所にいるなんて……」


 ライムがそう言いかけた時、突然船室の上でガタガタと大きな足音が響いた。

え? なに?

驚いて天井を見上げると、すぐに男達の声と女の子の泣き声が聞こえてきた。


「泣いても無駄だ、お嬢ちゃんもみんなと一緒に楽しい旅行に出発だ」


「野暮ったい感じだけど、これはこれで高値をつける奴とか居そうじゃね?」


 聞くに堪えない言葉の間、ずっと女の子は泣き叫んでいた。

新しく捕まった子かな……


 そんな事を考えていると、船室の天井が開いて女の子が放り込まれた。

酷い! なんて乱暴な……って……あれ?


 キョトンとしている私の横で、コルバーニさんはニヤリと笑って言った。


「遅いぞアンナ。待ちくたびれた」


 女の子……何故か大きなぬいぐるみを抱えたアンナさんは、お尻をパタパタはたきながらぺこりと頭を下げた。


「申し訳ありません先生。あのバ……ブライエ殿がこの役目を中々譲ろうとせず、無駄に時間をロスしました」

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