神のもらたすもの

 四方を木綿豆腐みたいな感じの色と質感の壁に囲まれた、牢屋とも部屋とも言えない所に私、コルバーニさん、ライムが入れられてかれこれ数時間。


 外からの光を取り込むための、3メートルくらい上にある小さな窓が唯一外とこの場所をつないでいるようだ。

 この無機質さは、居るだけで何とも言えない焦燥感しょうそうかんや不安をあおってくる。

 それも悪いことをした人に対する罰の1つなんだろうな……


 ほんと、ライムとコルバーニさんと一緒で良かった。

 2人とも何の根拠があるのか、全く不安そうなそぶりが無くて1時間ほど前に横になって寝息を立てている。


 それを見てると、案外何とかなるんじゃ無いか。って思えるから不思議だ。

 1人だったら、絶対怖くて泣き明かしてる自信がある。

 って自信満々に言う事じゃないよね……とほ。


 うん、でもきっといつかオリビエたちが助けに来てくれるはず。

 それを信じて待つのみだ!

 そう思うと余裕も産まれてきて、色々な事に思いを巡らせるようになる。


 真っ先に浮かんだのは、あのラウタロ国のリーゼって言う人。

 万物の石を狙っていて、自分たちの国でもレプリカを作っているって……

 そもそも万物の石って何なの?


 ライムは「持ち主のイメージを具現化ぐげんかする」って言ってたけど、結局それは何なの?

 魔法なのかな……それとももっと特殊な何か?


 そして、おじいちゃんとライムがしようとしていること。

 ああ……スマホがあったら調べてみるのに……と考えて、思わず苦笑いした。

 私って骨のずいまでスマホに染まってるな。

 この国の人たちは、スマホどころかコンピューターさえも……


 その時、私の頭にフッとある考えが産まれた。

 そうだ、万物の石って……凄くよく似ている。

 まるで……そう。


「また一歩近づいたね、リム」


 突然横からライムの声が聞こえて、思わず「ヒャッ!」と声を上げてしまった。

 いつの間に起きたのか、ライムが私の顔のすぐ横に浮かんでいた。


「驚かさないでよ! もう」


「ゴメンね。でも、リムの気づきはいい線行ってるね。そう、万物の石の理屈はなんだよ。リム自身でどこまで真実に近づけるか……あの時はあんなぼかした言い方してみたけどね」


 そう。

 私の気付いたのは「万物の石はコンピューターのプログラムにそっくり」と言う事だった。

 無から有を生み出すけど、完全な無では無くキチンとした理屈にもとづいている。


「万物の石は持ち主のイメージを具現化ぐげんかする。それはプログラムが0と1のみの組み合わせやそれに近い組み合わせで、アッチの世界の物質を使い森羅万象しんらばんしょうに近い物を生み出している事と同じなの。万物の石は持ち主の具体的イメージを、シンプルな0と1の組み合わせで、コッチの世界の様々な物質を使って生み出す。万物の石はつまりCPUや半導体、グラフィックボードを兼ねた存在なわけ」


「……はあ」


 ライムがいきなりキャラに合わない難しいことをしゃべっているため、私はポカンとしていた。


「言い換えると、万物の石は持ち主の意思を受けると、コッチの世界の情報を書き換えながらこの世界の物質を使い、色んな物を生んだり現象を起こしたりする。例えば、ランプの魔神を赤い犬が攻撃したとき。あの時はその周囲全て0と1の集合体になっていて、絶えず情報が書き換えられていた。ね」


「あの……私も含めてって言ってたけど、それって……」


「そう。万物の石がやっかいな点はそこ。石の周辺全ての情報を余すところなく0と1の集合体にして書き換え続けるから、その処理において融通が利かない。あの時、リムを止めたのはそれ。石はリムのランプの魔神への憎しみと『殺してやりたい』と言う意思……指示を受けて、その達成に必要なのは『破壊するための現象』と『破壊を続けるための持続する憎しみ』と導き出した。現象は赤い犬。継続した意思は……リムの憎しみのコントロール。望みの処理が達成されるまで、リムの憎しみを継続させること。そのため……」


「私の心の情報を書き換えて、強い憎しみをわざと生ませた、って事?」


「そう。コンピューターやプログラムがそうであるように、万物の石自体は善でも悪でも無い。操作する人物の目的を使達成する。それだけの存在。赤い犬の現象が終わったのは、彼女……コルバーニが自らの血と身体を供物くもつとしたことで、石が一時的にエラーを起こしたから。同じ存在によるぶつかり合い……さながらコンピューターウイルスによって、プログラムが誤動作を起こすように」


「そんな……じゃああの石って凄く……」


「危険ね。……ねえリム、私思うんだけど人ってまだまだ子供だよね」


 え? いきなり……何を。

 でもライムは私の事など目にも入らない様子で、そこにいない「誰か」に向かって話しかけていた。


「核融合は『神の火』プログラムは『神の言語』……天をべる存在の所有物。その欠片を与えられた途端、まるで刃物を持った子供のようにはしゃぎ回る。身の程をわきまえてふさわしい使い方をしていればいいものを、調子にのって『いたずら』をする。核もコンピューターも子供には過ぎたオモチャだった、と神は思い始めてる。いつお説教しようかタイミングを見られているのに……」


「あ……あの……ライム?」


「天は人類を愛している。不完全で未熟だけど、世界を変える可能性を持ち高度な知性と愛情を持ち、天や神を尊敬している。神々はそんな最高傑作のために、時々異物を混ぜて大きなブレイクスルーを与えた。人はそれを『天才』と呼んでるみたいだけど。『炎』を初めて使用した猿人。『車輪』の概念に気付いた者。『e=mc2』なんて美しく、神の世界の表層に迫る言葉まで生み出す学者……だから人って好き。でも、そろそろ『別種の異物』も混ぜないと……と思われている。そんな時期」


「ライム!」


 私は怖くなり、強い口調で半ば怒鳴るようにライムの名前を呼んだ。

 まるで……私の知ってるライムがどこかに行ってしまうような、そんな不安を感じたから。


「……ん? どうしたの、リムちゃん」


 私の大声に、コルバーニさんが目を覚ましたようで、もそもそと起き上がった。

 じゃあ……コルバーニさんの不老不死も0と1の書き換えで……

 そう思うと、急に大切なペンダントが恐ろしい物に思えた。


「ごめんね、リム。色々と……でも、力を本当の意味で支配するのは『正しい知識と勇気』だよ。じゃあお休み!」


 小声でそう言うと、ライムは私の服の中に潜り込んだ。

 ちょ……ちょっと、くすぐったいって!


「ん~? 二人して何の話ししてたの? お姉さんだけのけ者にされて悲しいな……」


 そう言ってわざとらしくねた感じで小首をかしげるコルバーニさんを見て、私はホッとした。

 良かった、さっきの会話は聞こえてなかったみたい。


「あの……所で、コルバーニさん? この先だけど、どうしよう。何か脱出するためのアイデアとか……」


「ふむ。それはね……もう少ししたら次の動きがあるはずだよ」


「次って?」


「えっと……おっと、思ったより早かった」


 コルバーニさんがそう言うやいなや、ドアが開き先ほどの鎧さんたちが入ってきた。


「今すぐ出ろ。釈放だ」


 そう短く言うと、それっきり黙り込んだ。

 え? 釈放って……自由になれるの!?

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