港町カーレ

 某大福アイスを並べたような丘の景色が少しづつ減ってくのに反して、段々と増えていく海の水平線をボンヤリと見ていると、たまらなく泳ぎたくなってくる。

 とは言え、こんな海で泳いだら数秒でで怪物の餌になりそうだけど。

 その前に心臓麻痺か……


「ん? どったの、リムちゃん。魚食べたくなった?この海の魚、人食いだけどメチャ美味しいんだよ~。カーレに着いたら夕食はシーフードカレー食べようね」


 私はコルバーニさんの言葉にあいまいな笑顔で頷いた。

 気合いを入れるため、との事で最初に出会った時と同じ真っ赤なワンピースを着て、真っ赤で大きなリボンを着けている。


「赤いワンピースとリボンは私の戦闘服だから。『赤いスイートピー』いい曲だよね~。聖子ちゃん大好き」とウットリしながら言ってたけど、絶対動きにくそうなんだけどな……


 あの後、コルバーニさんと話して、呼び方は今まで通りでとなった。


「いきなり私の事お姉ちゃんと呼び始めても、みんな混乱するじゃんね。私的にはそれも面白いけど」


 と言ってたけど、確かにその通りだ。

 残念だけど、二人っきりの時にでもまた呼び方を変えよう。


 そんな事を考えていると、オリビエの声が聞こえた。


「もうすぐカーレに着くぞ」


 港町カーレ……コルバーニさんが言うには治安最悪の街。


 慌てて馬車の窓から顔を出した私は、思わず目を見張った。

 雲の上までそびえ立つ灰色の無機質な壁が周囲を囲み、その広さは大地の果てまで続くかと思うほどで先が見えない。

 そしてその上に羽の生えた大型のコウモリみたいなのが何羽も飛び回っている。

 灰色の無機質な壁とそのコウモリの存在が、不安感をあおってくる。


「あれは通称『バード』この世界で空を飛べる唯一の人間でこの街の守護をしている。他国からの侵略を防ぐためにな。カーレは昔から海上交通の要所でも有るため、様々な国から様々な人種が訪れる。そのせいで、犯罪行為が絶えず強盗殺人の発生率はリグリア国でも極めて高い。なので住民は自衛と称して、殺人や暴力を容認してきた。それによってより危険さが増しているのが今、と言うことさ」


 オリビエの淡々とした口調がかえって怖さを増幅させる。


「そんなに?」


「ああ。知らない人間が入ったら『3日生き残れたら幸運』と言われるくらいにはね。それでもなぜカーレを訪れようとする連中が後を絶たないのか。それは、俺たちが来た理由の1つでもあるけど『海上交通権』と船を手に入れるため」


「船と……かいじょうこうつうけん?」


「ああ、カーレは4つのブロックに分かれていて、それぞれの地域に長がいる。その誰かがカーレからの安全でかつ、他国へのスムーズな航路をたどれる海路を行ける権利と、質が高い船を安く提供する権力を持つ。カーレの長とリグリア国やラウタロ国との黒い繋がりのせいか、海路を実質独占してるんで、他の道を行くと……バードマンやカーレの海賊どもにやられるからな」


 何それ……それって不正だ。


「言いたいことは分かるよ。でも仕方ない。俺たちがやることは何とかカーレの4人の長に会い、なおかつ海上交通権と船を手にれること。俺が交渉して……と言いたい所だが、そうなると兄貴に一発で居場所がバレる。恐らくカーレに足止めされて俺やリムちゃんは捕まるだろうな」


 そこまでオリビエが話した所で、コルバーニさんの緊張感を含んだ声が飛び込んできた。


「そう。だからそれは私がやる。お前とブライエは各ブロックの調査を行え。船を取り仕切る長が分かり次第私が動く。無論私も調査はする。アンナと交代で山本リムとライムの護衛をしながらな」


「先生……交渉は大丈夫ですか? 噂によると、心証を損ねた者は生きて庁舎から出られないと……」


「問題ない。そんなことよりカーレに到着後の予定を決めるぞ。……まずは、3人でパフェを食べよっかな。ね? リムちゃん、アンナ」


 そんな話をしていると、馬車はカーレの門に入っていったが、私はさっきまでとは別の意味で目を見張った。

 街は驚くほど静かだったのだ。

 本当に人が住んでいるの? と思うくらい。


 建物も窓が上の方に僅かにあるだけで、まるで木綿豆腐が並んでいるようだった。

 カンドレバの鮮やかな極彩色のイメージがあったので、驚くと共にさらに不安がかき立てられた。

 これ、みんなと一緒で無かったら心折れてたよ。


 馬車の中で、一人では出歩かない。夜は建物から出ない。お金は下着の中に隠し、一部はわざと取り出しやすいところに入れて、すぐ差し出せるようにする。知らない人の目をじっと見ない、など海外旅行に行く時みたいな注意をオリビエから聞くと、私はみんなに続いて馬車を降りた。


 うう……大丈夫かな。

 私はコルバーニさんに約束通りペンダントを渡した。

 心なしか気持ちが軽くなったように感じる……


「ゴメンね。私かアンナが絶対守る。力を使う事態にはならないから」


 そんなコルバーニさんの言葉に私は罪悪感を感じながら小さく頷いたが内心安堵していた。

 これでみんなの迷惑にならずに済む……


 その夜は、コルバーニ先生が知っているというお店でシーフードカレーを食べた。

 人食いって言うのが気になったので、私は貝やエビに似たものが入ったのにしたけど。

 って言うか、出歩いて大丈夫なの!?


「心配ないよ。場所さえ間違えなければ、危険は少ないから。場所と時間を間違うとヤバいけどね。と、言っても私もユーリと一度来ただけで、あんまり知らないけどね」


 そんなものなのかな……まあ、コルバーニさんやみんななら……

 そう思い、お店をボンヤリと眺めていた私は、心臓が跳ね上がるのを感じた。


 なんで……そんな……

 私は身体が震えるのを感じた。

 居るわけ無い……こんな所に。


 私はお店の入り口近くの樽にもたれて何かを飲んでいる女性から目が離せなかった。

 その人は……私のお母さんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る