どっちが手下?

 馬車の窓からわずかに吹き込む冷たい風を胸いっぱいに吸い込む。

 そして、目の前に見えるお饅頭を何個も並べたような丘の膨らみを見ていると、某大福っぽいアイスを連想して、お腹が鳴った。


「あれあれ、リムちゃんお腹空いた? 気が合うね~お姉さんもお腹ペコペコだよ」

 

 コルバーニさんが、鳥の骨付き肉を頬張りながら言った。


「先生は食べ過ぎです。はい、ヤマモトさん。極寒鳥の唐揚げです。どうぞ」


 アンナさんは呆れたような口調で言うと、私に鶏の唐揚げのような塊を出してくれた。

 香ばしい香りに、某コンビニレジ横にある唐揚げを連想しながら口に入れると、肉汁が口いっぱいに溢れて、噛めば噛むほどに柔らかい肉の感触と共に、幸福感に満たされる。


「美味しいですか? 極寒鳥のお肉は唐揚げが一番なんです。馬車の中だからこれ以上は作れないけど……」


「え~! 私も食べたいのに」


「先生はもう10個食べてます。追加があってもあげません」


 あの後。

 ペンダントからの光によって、アンナさんのやけどは最初から無かったかの様に元に戻った。そして、同じく回復した(腕はその前にくっついてた!)コルバーニさんとライムから一部始終を聞かされ、アンナさんは全てを理解してくれた。


 ただ、兄弟を残すことを嫌がり当初は同行を拒否したけど、コルバーニさんが門弟もんていさんの中でも一番弟子って言うのかな? 

 すごく偉い人に不在の間の道場を任せると共に、アンナさんの兄弟の事も託してた事を聞くと、安心し同行してくれることになったのだ。


 あの場に居るのが知られてるから、確かに危ないよね……ごめんね。


 そして、私たちはその夜逃げるようにカンドレバの街を出た。

 あの街の心浮き立つような色合いは凄く好きだったから凄く悲しかった。


 でも、私のせいでみんなにどれだけの迷惑をかけたんだろうと考えると、とてもそんな事言えない。

 って言うか、あの一件をどの口でしゃべればいいんだろう……って思ってしまう。


 前に進むのが……怖い。


「ヤマモトさんには一生かかってもお返し出来ない恩が出来ました。守ろうとして下さっただけでなく命まで……今まで私のためにあんなにしてくれた人はいなかった。ヤマモトさんにもらったこの命。これからはヤマモトさんの従者になる事で捧げます」


「アンナだかアンネだか知らんがいらぬお節介だ。リム様の従者は私1人で充分と言っている。何回説明すれば理解する? 私が全てに渡り尽くさせて頂くのだから、小娘は大人しくしていろ」


「あなたには話してません。ブライエだか鉄仮面だか知りませんが、静かにして頂ければと。後、わたしはアンナです。何十回お伝えすれば理解できます? ヤマモトさんは疲れてるんです。暑苦しい空気は疲れを溜めちゃいます。ね、ヤマモトさん」


「あの……アンナさん、ブライエさん……」


 なんか……気のせいか2人の間の空気が凄く冷たい。


「オリビエ、馬車を止めろ。小娘、外に出るぞ。貴様を切る。生き残った方がリム様の従者だ」


「気が合いますね、鉄仮面さん。私も同じ事を思ってました。まさか、私が逃走の剣術しか知らないと思われてます?」

 

「あ……あの! もういいから! 2人ともストップ!!」


「リム様……」


「ヤマモトさん……」


「ねえ、2人とも仲良くしようよ。長い旅になるんだし……私のせいだけどさ。2人とも大好きだから、喧嘩してるの見るのは嫌だよ」


「何と深いお慈悲……ですが、この小娘だけはご容赦下さい。後顧こうこうれいになります」


「ヤマモトさんの頼みなら、死ねと言われれば死にます。でも、聞けないこともあります。足並み揃わない従者なんて、いざというとき足を引っ張りますので」


「はいはい、もういいよお二人さん! 丁度いいんじゃ無い? さっすがカーレに続く道。勝負の舞台って奴がバッチグーなタイミングで目の前に用意されたじゃん。ねえオリビエ?」


「いや、先生。そういう場合では……」


「そういう場合だ。オリビエ、馬車を止めろ! アンナ、ブライエ。馬車から7~8メートル先の連中は分かるな? どうやらトロルの集団だ」


 コルバーニさんの言葉に驚いて、馬車の前方を見ると3メートル近い大きさの緑や灰色の混じった皮膚と、長い手足の大男さんたちが6人ほど立っていた。


「今からアイツらを片付けろ。倒した人数の多い方が山本りむの正式な従者だ」


「えっ! ちょ……コルバーニさん!」


「まあまあ、リムちゃんもより優れた人が手下になってくれれば嬉しいでしょ?」


「そんな……手下なんて」


 でも、アンナさんとブライエさんは私の言葉も耳に入っていない様子で、お互いを見もせずに剣を取っていた。


「鉄仮面さん。もし私の足を引っ張ったらその時点で敵と見なします」


「気が合うな、小娘。私も同じ事を考えていた」


「ブライエさん! アンナさん!」


 二人は私に向かってニッコリと微笑んだ後、お互いを氷のような無表情で見ながら馬車を降りた。


「いいね~こういうスポ根ものみたいな展開、大好きなんだよね」


 ニヤニヤしながらつぶやくコルバーニさんに向かって、私は必死に言った。


「そんな事言ってる場合じゃ! あんな大きな怪物……しかも6人ですよ!」


「まだリムちゃんにアンナの腕を見せてなかったな~と思ってさ。カーレでは彼女の力が必要になるからね」


 やきもきしている私に構わず、コルバーニさんとライムはのんきに話をしていた。


「コルバーニさん、気が合う~! 私もスポ根もの大好き!」


「お、妖精ちゃんも? やっぱ私たち仲良くなれそうだねえ」


「そう! ズッ友、ズッ友」


「ず……っと?」


 馬車を降りたアンナさんとブライエさんは、そのままスタスタとトロルたちに近づいた。トロルさんたちは嬉しそうに咆哮ほうこうを上げている。


 その咆哮の後すぐに戦いが始まった。

 二人とも……! 怪我だけはしないで……って、あれ?


 それはあっという間の出来事だった。

 トロルさん達が向かっていった途端、アンナさんとブライエさんは目にもとまらぬ動きで、次々と倒していったのだ。

 大げさでなく、一体5秒もかかってない!


 ブライエさんの強さはある程度知ってたつもりだけど、驚きはアンナさんだった。

 コルバーニさんが羽のような動きだとするなら、アンナさんは流れる水だった。

 相手の動きに逆らわず、滑らかに流れていく。

 何というか……以前テレビで見た……そうだ! 柔道の動きに似ている。


「コルバーニ流剣術の本質は自然の流れ。決まった形を持たずに、対象の動きと力に合わせて利用する。ま、柔道みたいなもんだね。アンナはあの歳で私のやり方を最も最良の形で習得している。いわゆる天才だね」


 天才……

 でも、確かにアンナさんの動きは、コルバーニさんと異なるけど、二人とも見ていて心地よかった。


 二人は、まるで食べ終わったお皿を洗ってきました! みたいな感じで戻ってきた。


「ふむ、結果は……双方3体ずつ! よって、引き分け~」


「すいません、先生。私は納得できません。なので、これからこの男との真剣による試合を希望します」


「私も同様です。丁度身体も温まった所なので」


「ダメだ。どちらかが傷つくことがあれば山本りむの心は深い傷を追う。悲しみにくれ、立ち上がることはできぬだろう。それを望んでいるのか、お前らは」


 二人はその言葉に返事をせずうつむいた。


「ならこうしよう。この後、私とライムでカーレに滞在中、お前らのどちらがより山本りむのため、貢献したかを見ておこう。その結果次第で決める」


「よろしく~!」


 二人は明らかに納得出来ないと言った様子だったが、コルバーニさんににらみ付けられ、まさに渋々と言った調子で引き下がった。


 それを見届けると、コルバーニさんは満足そうに私を見た。


「うっし! バッチグーだね。さて、リムちゃん今夜って空いてるかな? ちっとお姉さんから大事な話があるんだけど、時間作ってくれないかね? 前話した『ユーリのもう一つの罪』について話しとこうかな」

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