あなたは悪くない

 うそ……うそ……


 私は身体がひどく冷えるのを感じながら、その場から動けなかった。

 そうだ……早く……パフェ食べに行かなきゃ。

 コルバーニさんも来たんだし。


 耳に様々な音が飛び込んでくる。


「化け物!」

「自警団……自警団はどこだよ!」

「誰か役人呼んで来いよ! 早く!」

「助けて、ママ!」


 それって、誰に言ってるの?

 化け物って、どこにいるの? 嫌だな、怖いよ。


「リム……間に合った……良かった」


 耳元ではライムの嗚咽おえつ混じりの声が聞こえる。

 そんなに泣かないで。それよりも早く逃げよう。

 化け物がいるって……


 あ、コルバーニさんが来てくれた。


 コルバーニさんは私の前にフラフラと歩み寄ると、血まみれの顔で笑いかけてくれた。


「ごめんなさい」


 呆然ぼうぜんとつぶやく私にコルバーニさんは、首を小さく横に振った。


「嫌だったね。辛かったよね。もう大丈夫だから」


「違う……違う。だってコルバーニさん……」


「ふむ、ちっとは痛いけど不老不死なんでね。数日すれば戻るでしょ」


「ごめんなさい……」


「謝らなくていいよ。誰にも何にも謝らなくていい。悪いのはあなたじゃない」


 そう言うと、コルバーニさんは片手で私をグッと抱き寄せた。


「あなたは悪くない」


 その声は何だか泣いているように聞こえた。

 そのせいなのかな? 

 私も勝手に目から涙があふれてくる。


 その時。

 頭に何か固い物がぶつかった様な鋭い痛みを感じた。

 驚いて振り返ると、恐怖に顔を引きつらせた男性が、石を投げようとしていた。

 いつの間にか、鎧や盾で全身を包んだ中世の騎士みたいな人たちも、沢山居た。


 そっか……化け物退治しようとしてるんだ。

 そうだよね。

 あの人は頑張って勇気を出そうとしてるんだ。

 それを合図に、周りの人たちも石を持ったり、棒を持ち上げたりしている。


 その時、人混みの向こうから鋭い声が聞こえた。


「そこまでだ! その女は私が預かる」


 声の方を見ると、そこには厳しい表情をしたオリビエとブライエさんが居た。

 オリビエさんは胸元から、A3用紙くらいの大きさの紙と大きな指輪のような物を取り出して周囲に見せつけるように、左右に動かした。


「この書状と指輪の示すとおり、私はリグリア国第7王子、オリビエ・シュトロムだ。この女の身柄はリグリア国王宮にて管理とする。下らぬ手品を用い、魔法を使ったと誤解させ大衆をまどわせた罪は重い。女! この国において魔法と誤解される行為を行うことが、王宮の管轄になるほどの重罪と知っての事か。答えろ!」


 呆然としている私に構わず、オリビエさんは周囲に聞こえるほどの大きな舌打ちの後に言った。


「しらを切るようだな。よかろう! では貴様を連行する。そこの血まみれの女と倒れている少女も一味だろう。共に連れていく」


「では、私共も同行を……」


「いらぬ。自警団の協力を仰いだなどと知れては、王宮の恥だ。いずれ私直属の部隊が来る。それまではここで待機させる。それより人払いをしろ。今から私が直接この女達を尋問じんもんする。聞かれては事だ。人払いの後、貴様らも去れ。後、そこに倒れている男は使用人の生命と財産に対し不当な管理を行っている疑いがある。即時、男を連行し経営する組織に対し監査も視野に入れた立ち入り調査を行うよう市長に報告せよ!」


「はっ!」


 オリビエの言葉に、弾かれたように鎧の人たちは集まっていた住民さん達を立ち去らせると、ランプの魔神さんを連行して敬礼の後、歩み去っていった。


 オリビエさんとブライエさんはその間、厳しい表情を崩さなかったけど、鎧の人たちがいなくなったら、すぐに表情を緩めた。


「リムちゃん、遅くなって済まなかった。ライムちゃんから聞いて駆けつけたが……遅かった」


「リム様……なんと……お詫びをすれば良いか」


「ううん、謝らないで。私が悪い……全部、私が」


 ああ、ダメ。

 また泣けてきちゃう……

 あんなに色んな人に迷惑かけたり怖がらせたりしたのに。

 泣く権利なんてないのに。


 コルバーニさんはその場にしゃがみ込むと、私の足にもたれかかった。


「ゴメンねリムちゃん。ちっとばかり足借りるね……で、オリビエとブライエ。遅すぎるぞ」


「申し訳ありません、先生」


「まあいい。さて……今後についてだが、早急にこの街を出るぞ」


「はい。すでに次の街の目処めどはつけてあります。万一を考え、馬車の手配も行っています。御者はつけていません」


「合格だ。すぐに出る。恐らく今日の夕方には、いらぬ配慮を行い役場に通報する者もでるだろう。ここの市長はリグリア王宮と繋がりが深い。そうなると、今回の一件の裏も取られるはず。リグリア王族の魔法への恐れを考えると王宮が動いたが最後、今夜には山本りむの身柄拘束のリスク。悪くすれば生命の危険も生じる」


「はい。その可能性は極めて高いかと。そのため、次の街はカーレを」


「港町カーレか……治安は極めて悪いが、お前達と私。あと傷の治った後のアンナなら山本りむとライムは守れるだろう。ただ、気になるのはラウタロ国の国境と極めて近い。カーレでは間違っても彼女の魔法は匂わせられんな。……リムちゃん、ゴメンだけどカーレに居る間ちっとだけお姉さんにペンダント、預からせてね」


「カーレは確かに治安は悪いですが、その反面来る者は拒みません。また訪れる者への詮索せんさくも無く、互いに対する関心も極めて低い……生命や財産を狙う時を除き。そのため身を隠し、情勢を確認するには最適です」


「そうだな。私もそこしかないとは思っていた。よし、では今からカーレに向かうぞ。で、その前にどっちでもいいから、そこの穴に落ちている私の右腕を持ってこい。そして、ちぎれた所にくっつけろ」


 私は、みんなの話をただボンヤリと聞いていた。

 何かが胸の奥に詰まっていた。

 でも……みんなが私に優しく微笑みかけてくれたのを見た途端……栓が抜けた。

 栓が抜けて……私は泣き続けた。


 その間、ペンダントから青い光がうっすらと出ると、その光はコルバーニさんとアンナちゃんを優しく包み込んでいた。

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