真紅の光

 翌日、私は改めてアンナさんにあやまろうと思った。

 私のせいでお給料下げられちゃった……

 

 ところが、アンナさんは私の顔を見るやいなや、私以上の勢いであやまってきたのだ。


「本当にごめんなさい! 嫌な思いをさせちゃって! なんておびしたらいいか……」


 その勢いは私も戸惑とまどってしまうくらいだった。


「あ……あの、私の事なんてどうでも……」


「いえ! せっかく私のためにパフェの話とかしてくださってたのに……本当にご免なさい」


「はい、そこまで」


 コルバーニさんがそばに来ると、アンナさんの頭を軽く叩くと言った。


「あなたたちの謝りっこはエンドレスになりそうだからこの辺でね。所で、さっきパフェって言ってたけどお姉さんにもちっと聞かせてくれないかね?」


 その日の稽古けいこ終了後、私とライムは浮き立つ気分を抑えながら、足を進めていた。


 あの後、コルバーニさんを交えて3人で話した際、コルバーニさんの発案で私とアンナさん、コルバーニさんの3人で(ライムも交え)パフェを食べに行こうと言う事になったのだ。

 その時のアンナさんの輝くような笑顔は、思い出しても心がほっこりしてくる。


 アンナさんは昨日の煙突掃除のバイトがあり、コルバーニさんは道場で来客の対応があるとの事だったので、先にアンナさんを迎えに行ってお店に入り、そこで合流となった。


 ところが、アンナさんが時間になってもやってこない。


「遅いな、アンナさん……」


「煙突掃除って、大変そうだもんね。それにあのランプの魔神、意地悪いからさ。きっとアレコレ押しつけられてるんだよ」


「やっぱりそう思う? ホント腹立つな~! ちょっと様子見てこようか」


「いいけど、昨日みたいなのはナシだからね」


「……分かってる」


 昨日のおっきな家に向かうと、そこには人だかりが出来ていた。

 あれ?

 私はなぜだか胸騒ぎがした。


 人だかりからは「あんな子供なのに……」「あれはないな……」と言った声も聞こえる。


 ゾッとした私は、慌てて人混みをかき分けた。

 すると……

 そこには、全身を真っ黒にした子供が横たわっていた。


 アンナ……さん。


 私は慌てて駆け寄ってアンナさんの身体を抱き起こしたが、息が切れ切れになっている。

 見ると、全身に大きなやけどを負っている。

 アンナさんは「ヤマ……モト……」と小さくつぶやくと、目を僅かにあげた。


「……どうして」


 呆然とつぶやいていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


「昨日のガキじゃんか」


 振り向くと、ランプの魔神さんが立っていた。


「なんで……なんでこんな事になったんです?」


「ああ、そいつが煙突掃除してるの忘れててさ、うっかり火をつけちゃったんだよ」


 私はサッと頭から血の気が引くのが分かった。


「早く! お医者さんを! お願いします、早く治療しないと手遅れに……」


 泣きながら頭を下げる私に、つまらなさそうな口調でランプの魔神さんは言った。


「まあ、しゃあねえよ。そいつはもう首でいいから、連れて帰ってくれない? 明日には代わり探さないと行けなくてさ。ホントめんどくせえ」


「お医者さんは? それだけでもお願いします。……皆さんもお願いします! 誰か呼んでください!」


 だが、周囲の人だかりはみんな困ったように顔を見合わせるばかりだった。

 ランプの魔神さんはいらついたように言った。


「俺、今から昨日の女と飯なんだけど。忙しいの!」


「この子は……ただ頑張ってただけです。家族のために。なのになんで」


「俺が悪いのかよ! その危険込みでこの仕事与えてやってんだろ! こっちは小ぎたねえ貧乏人に金出してやってんだ。この程度のリスク当然だろうが。勝手に死ねよ!」


 私の目の前が真っ赤に染まった。

 目の前の男が薄汚いにおいを放っている気がする。


「じゃああなたは何?」


「あ?」


「この子の見た目は汚いかも知れない。でも……あなたは心がゴミのように汚いじゃないの。あなたこそ薄汚いゴミだ!」


「……昨日言った事覚えてるな? 俺、殺すって言ったよな」


 男が一歩歩み寄る。

 その手には短刀がにぎられていた。

 

 私はそれに構わず立ち上がる。

 ペンダントから光が揺らめきながら出てくるのを感じる。

 でも……それは今までとは違い、深い真紅だった。


 許さない。

 ……殺してやる。


 その時、耳元でライムの声が聞こえる。


「だめだよ、りむ! 逃げよう。この場にいたらダメ」


「……嫌だ。この人を……消したい。消し去りたい」


「だめ! 落ち着いて! 石が……光ってる」


 何言ってんだろう?

 石が光ってる。

 いいじゃない。

 こんなに綺麗に真っ赤に光ってる。

 じゃあ今の私は何の攻撃も通じない。


 ……なら、この男を消し去れる。


「違うんだよ! 違うんだって! 今の石は……」


「うるさい!」


 私の言葉にライムは涙を浮かべながら飛び去っていった。

 これでよし。

 私の心を読むんじゃない。


 あとは……この男だ。


 真っ赤な光はいつしか、今までと同じく形を作り始めていたが、違うのは出てきたのが真紅の光に包まれた、大きな犬だと言うことだ。

 その犬は宝石のような青い目に口からは、煙突の煙のような黒煙こくえんを吐き出していた。


 男は腰を抜かしたのか、へたり込んで震えている。

 見ると、失禁もしている。


 ホント、薄汚い。


 私は目の前の男を叩き潰すイメージをした。

 すると、真紅の犬は前足を高々と上げた。

 私はすっと息を吸うと大声で言った。


「お手!」


 その直後、真紅の犬の前足が男の数メートル横の地面をくだき、大きな穴を開けた。


 外した。

 じゃあ……もう一度。

 男は泣きながら這いずって逃げようとしている。


 逃がさない。

 今度こそ。

 そのイメージと共に真紅の犬はまた前足を上げた。

 うん、いい子。


 私は男をしっかりとにらみ付けて、狙いを外さないようにした。


 今度こそ。

 再びスッと息を吸い、声を出した瞬間。


 真紅の犬と男の間に誰かが飛び出してきた。

 その直後、真紅の犬の前足はその「誰か」とぶつかり……消滅した。


 え……?


 呆然ぼうぜんとする私に目を向けたその「誰か」を私は信じられない思いで見た。


 そこに立っていたのは、片腕を失い全身から沢山の血を流しているコルバーニさんだった。

 

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