逃走の剣術

「その……第2王子のアスターテって人? 本当にその人が狙ってるの。オリビエを」


 ライムの問いにブライエはオリビエを横目で見ながら頷く。


「まだ確たる証拠は無いがほぼ間違いないでしょう。オリビエ様に王位を譲るむねを王が話された後、第3王子と第6王子が突然亡くなられた。その後、第6王子の葬儀の席でアスターテ王子は『あんないやしい側室の子に王座を明け渡すなど、滑稽にもほどがあるでしょう。その神罰が下ったのだ。そうでなければ、納得の出来ない何者かによるものでは?』と言い放ち、部屋を出たらしいので。それまでのアスターテ様は近隣諸国にも知れ渡るほどの人格者だったので、周囲の者たちは酷く驚いてましたが……」


 その言葉に私もライムも俯いた。


「すまん。オリビエ……」


「いいさ。全て話して欲しいと言ったのは俺だ。事実だしな」


 そう言ってオリビエはニッと笑って言った。


「謝罪の代わりに、お前の分のパンは一個もらうぞ」


「あ! いつの間に!」


 ムキになって怒り出すブライエさんにオリビエは楽しそうに笑っている。


 良かった。

いつものオリビエだ。


「あ、ちなみにこのブライエは、王宮での俺付きの武官だったんだ」


「母は、王宮でメイドをしていました。低い身分の私をオリビエは分けへだて無く取り立ててくれた。その恩は忘れたことは無い」


「それは言うな。身分なんてゴミみたいな物だ。上の身分など下の者の責任を取るためにいればいい」


 オリビエはそう言うと、丁寧な仕草で食べ終わると私に向かって言った。


「さて、気が進まんがそろそろ行くか。コルバーニ先生の道場に」


 うう……いよいよか。


 私はみぞおちの辺りがシクシク痛くなるのを感じた。

緊張するな……


 それまでの人生で当然ながら剣術の訓練なんてしたこと無い。

それどころか中学校の体育の剣道なんて、竹刀を振りかぶった途端後ろに倒れて、爆笑の渦になった事もあるのだ。


「大丈夫ですよ、リム様。もし辛くなったら私に言ってください。お助けします。正面からは難しいので、背後からか飛び道具で」


「あんた、王子直属の武官にあるまじき事言ってるけど」


 ライムの呆れたような言葉に私も曖昧あいまいに頷く。

これじゃあホントにマズくなってもこの人だけは呼べないな……


 私たちはオリビエとブライエさんに続いて、道場に向かった。

20分くらいかな? 着いた建物は何というか……日本のお寺そのものの外観だった。

さすがアリサ・コルバーニ先生こと高木亜里砂さんのセンスだ……


 うう、ドキドキする……

でも大丈夫だよね。

あんなに女の子女の子してたんだし、女子向けのソフトコースなんだから。

うん、そうだ。

きっと、みんなで笑いながら剣を振ったりお茶したりしながら……


 と、言う空想の最中「ガ……アア!」と言う男性のうめき声が聞こえ、その直後目の前の壁が激しい音を立ててまるで地震の様に揺れた。


 「今日は特に気合い入ってるな……」


 オリビエがウンザリしたような表情で言った直後。

道場の扉が勢いよく開き、屈強くっきょうな男性が転がるように出てきた。


「た……助けて! 殺され……」


「誰が殺すと言った! 死ぬ寸前まで追い込むだけだ!」


 そんな事を言いながら出てきたのは……


「おはようございます。コルバーニ先生。オリビエ・デュラム以下3名、ただいま着きました」


 そう。

昨日の可憐な女の子、アリサ・コルバーニ先生だった。

服は白いワンピースという訓練とは思えない格好だ。


 そして……気のせいだよね?

なんか、服のアチコチに真っ赤な染みがべっとり付いてるけど、これって……


「遅い! 10分前厳守だろうが! ……って、おおお! リムちゃんじゃん~。やっぱ来てくれたんだね。姉さん嬉しいよ」


 そう言って駆け寄ると勢いよく抱きついてきた。

ちょ! ちょっと……

そして……やっぱりこれって血のにおい!?


「ん? ああ~服、汚れちゃったね。ゴメンね。コイツが『本気の勝負を望む』とか言うもんだからつい……ね。後で服は弁償するから。リムちゃんに似合うスッゴイ可愛らしいやつ」


 そう言って恥ずかしそうに笑うコルバーニさんを見ながら、引きつった笑顔でライムを見ると、彼女は両手を拝むように合わせて言った。


「頑張ってね。女子向けコース。運が良ければ魔力で治るかもだけど、死んだり腕切断! とかはダメだからね」



 コルバーニさんの訓練は、一言で言うと「実戦特化」だった。


  私がイメージしていたみんなで一列に並んで素振りしたり、チーム戦をするような事は無く、コルバーニさんが見抜いた個々の特性を元に、それに合わせた戦い方を徹底的に身体に叩き込む! と言う物。


「ん? だってさ、わたしの道場の門下生はほとんどが冒険に出たり、街の警護をする人たちだからね。とにかく生き残ること、どんな事をしても外敵を追い払うこと。それが全てでしょ。その術を提供するのが私の仕事」


 私の言葉にコルバーニさんは事もなげにそう言った。


 そして、その視線の先にはボーリングの玉のような物を両脇に抱えて、道場の庭にある土を盛って作った結構急な坂を駆け上がるオリビエさんとブライエさんの姿があった。


 うわあ……

表情は分からないが、とんでもなくキツそうなのは伝わってくる。


「お? リムちゃん興味ある? あの坂とボールね、市長さんにおねだりして作ってもらった自信作。ボールがボーリング玉の約1.5倍の重量。あれを両脇に抱えた後、あの坂をわたしが往復。あの2人技術は言うこと無いけど、体力が物足りない。技術を支えるのは足腰と心肺機能だからね~……ん? どったの、リムちゃん?」


 まさか……私もあれを……


 そんな私の心中を察したのだろう、コルバーニさんはケタケタ笑いながら私の背中を叩いた。


「大丈夫! リムちゃんにはあんなことさせないよ。わたしの生徒がいるんだけどね。その子について『身を守るための剣術』を覚えてもらうよ」


「身を守るための?」


「そう。リムちゃんは素人だから。でも、守ってくれる2人の腕利きもいるし、目的は『生きてユーリさんを見つけ、日本に帰る』で、あれば敵を倒す事を目的にする必要は無い。目の前の脅威きょういから命を守る技術。それがリムちゃんの必要とするものと思うんだ」


 身を守るための剣術か。

そう言われると確かにその通りだと思う。

うん、それにそういう方向なら私でも行けるかも!

 

「お! やる気な目になってきたじゃん! いいね~。お姉さん、かわいこちゃんの前向きな姿、大好物だよ。うし! じゃあ先生を紹介しようかな。アンナ! こっちへ」


 コルバーニさんの声に反応して駆け足でやってきたのは……また、小さい女の子!

そばかすで長い赤毛をポニーテールにした、コルバーニさんと見た目は同じくらいの子だった。

コルバーニ先生……前から思ってたけど、もしかして。


「ん? 何、リムちゃんその目は? 何か変なこと言ったかな。ま、いっか。紹介するよ。この子はアンナ・サーリア。アンナ、こちらはリム・ヤマモトさん。この人に『逃走の剣術』を教えてやって」


 アンナと言われた子は緊張した表情で、私を見るとぺこりと頭を下げた。


「アンナです。ヤマモトさん、よろしくお願いします」


「あ、こちらこそよろしくお願いします」


 私も頭を下げる。

さあ、いよいよ訓練開始だ。

そう思い気合いを入れていたとき、コルバーニさんが突然何かを思い出したように、両手を口に当てた。


「どうしたんですか? 何かありました……」


「やば、庭を走ってる2人に終わりの合図出すの忘れてた」



 こうしてアンナさんの教えによる「逃走の剣術」の訓練が始まった。

内容は至ってシンプルで、基本的にはナイフよりやや長めの短剣で、相手が攻撃する前に片足を切る。


 これにより、相手は動揺し隙が産まれるのでその間に逃亡。

足を警戒しているのであれば、とにかく相手の攻撃を避けること。

避けて避けて、産まれた隙を見逃さずにやはり足を狙う。難しければ利き手と反対の腕。

利き手に比べて反対側は警戒がやや薄くなるから、と言うことらしい。


 場合によっては、隙を作るのにライムとの連携も有効とのことで、ライムに小型のスリングショット(二股の分かれた棒の先に着いてる太いゴムの先に乗せた石をぐいーんと引っ張り、飛ばす奴ね)が渡されて、使い方も教えられた。


「え~! 私、参謀役なのに……」


 と、ブツブツ言いながらも、新しいオモチャをもらった子供のようにアチコチに飛ばしている。


 初日はそんな感じで翌日からは、短剣の素振りも加わった。

アンナさんがかなり軽い細身の短剣を用意してくれた事もあり、感覚的には包丁をちょっと重くした感じだ。


 それでも、アンナさんの動きに合わせて何度も振っていると、腕がだるくなり息が上がってくる。

すると、そのタイミングで休憩を入れてくれ、お茶を出してくれた。


 うう……本当に有り難いな。

ガッツリ訓練されてたら、心折れてたよ。


「ヤマモトさんは護身用に特化してますからね。何より、こういうのは続けられることが一番なんです。挫折したら、どんな有用な訓練も意味ないですからね」


 何て大人なんだろう……

以前聞いたとき、13歳と言ってたけど、その頃の私はいかにテストで先生や両親に満足してもらうか。いかに先生や親の言いつけを守るか、しか考えてなかった気がする。


 そう、パパはそうでも無かったけど何故かママが「言いつけを守ること」「みんなと同じ道をはみ出さないこと」「周りに合わせること」に厳しかったんだ。

あと、おじいちゃんとの接触も異常なほど嫌がってた。


「おじいちゃんには近寄らないで。あの人はりむのためにならない」


 なんで? と聞いてもママは苦しそうな表情で目を逸らしていた。


「とにかく言いつけは守りなさい。あなたなら守れるよね」


 そう繰り返すばかり。

ママの言うことは絶対だったけど、それだけは聞くことが出来ず、ママに内緒でこっそりおじいちゃんの所に行っていた。


 一度、おじいちゃんにママとの事を聞いたことがあったけど、おじいちゃんは悲しそうに微笑み「ママは悪くない。そう思われても仕方ないんだ。全部僕が悪い。ママはとっても優しい人なんだよ。ママが一番苦しんでいる……それは覚えておいて欲しい」と言うばかりだった。


 おじいちゃんの言ってた「許されない2つの罪」と言い、年齢の事と言い段々おじいちゃんの事が分からなくなってきていた。


 早く会いたい。

会って話を聞けばきっと全部ハッキリするのに……

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る