オリビエとリム

 オリビエは背中を見せたままだ。

 でも構わない。

 私はあふれる心のままに言葉を出した。


「前に言ったよね。『私がそばにいる。だから思いっきり泣いて』って。私は確かに家族じゃない。でも、そばにいる。1人で背負い込まないでよ。それにさ……なんでオリビエが悪いの? 悪くないじゃん? あなたは一生懸命頑張っただけ。周りが勝手に動いただけでしょ。今だってそう。」


 そうだ。

 オリビエは悪くない。

 そしてきっと……お兄さんも。いや、悪いかもだけど……


 オリビエの言うとおり、結果的に周りの人はみんな不幸になったかも知れない。

 でも、だからと言って。誰か1人に全てを押しつけるのは違う。

 絶対違う。

 頑張ってもどうにもならない事に苦しんでいる。

 だったら……逃げてもいい!


「オリビエは頑張ったでしょ? 今も凄く苦しんでる。だったら逃げちゃえばいい! 自分でコントロールできないことなんて逃げちゃえ! それだって勇気だよ」


「勇気……」


「そう! わたしがいる勇気って言うのも何だけどさ……でも、逃げるのだってきっと勇気なんだよ。自分だけが悪くないって考えて、その場から離れて。それでもそんな自分に何が出来るのかな? って考える。それだって大変なんだもん。それを馬鹿にする権利なんて……絶対ないよ!」


 そうだ。

 私もずっと苦しかった。

 学校に行けない自分。

 パパとママを悲しませてる自分。

 学校に行ったり、バイトしてる人たちが成功者で自分が失敗したように思えた。

 そんな自分と向き合うことは凄く怖い。


 だったらオリビエは……私なんかとは比べものにならないくらい苦しいんだ。

 せめてオリビエ自身はそんな頑張ってる自分を否定して欲しくない。


「辛かったらここで泣いて。誰にも言わないから。絶対笑わない。何時間でもいいよ! 私、風邪引いてもそばに居てあげる。熱出ても居てあげるから」


 その途端、オリビエはプッと吹き出すと小さく笑い出した。


「勘弁してくれよリムちゃん。君に熱出させた事バレたら俺がブライエとコルバーニ先生に殺されるだろ」


「あ……そんな……事」


 ああ……恥ずかしい。

 オリビエはなおも笑いをかみ殺しながら続けた。


「何せあの2人は君の事が大好きだからな。……もちろん俺も」


「え!……えっと……それって……」


「あ! いや、すまない! あの……そういう意味ではないんだ。仲間として……悪かった」


 何だろう。

 別に悪気は無いのは分かってるのに、その言葉に胸の奥がチクリとした。


「君には参るな。何か上手く言いくるめられたみたいだ。君、城の外交官みたいだったぜ。あれ? と言う間に丸め込まれてる」


「そ……そんな! 詐欺師みたいに言わないでよ」


 精一杯の抗議のつもりだったが、オリビエはおかしくてたまらないと言った風に笑い出した。

 そして……笑い声は段々と嗚咽おえつに変わり始め、彼は顔をおおうとまた後ろを向いた。


「リム……ちゃん。さっきの言葉……甘えてもいいかい?」


「うん」


 私は短く返事すると、オリビエに近づいて小さく震えている背中をでた。


 その翌日。

 朝食のみんなが揃った場で、ブライエからオリビエの事情をより詳しく聞いた。

 オリビエを何としても王座に着いてもらわなければならないくらいの国難とは何なのか。

 2人の旅はいつまで続くのか、を。


 ブライエは驚くほど抵抗なく話してくれた。

 どうやら昨夜の内にオリビエから事情を聞いていたらしい。


「オリビエの王座の事ですが、降りることは事、ここに及んでは難しいでしょう。実はこのリグリア国は、もう数年すると大きな危機を迎えると言われています。1つは『国の財政の傾き』リグリアは周囲を敵国に囲まれているため、戦争が頻繁です。特にラウタロ国と言う国が非常に好戦的なので……そのため戦費が膨大になっており、それが国の財政を圧迫している。また、貴族の遊興費ゆうきょうひも年々上がっている。もう1つは、戦争においてここ数年目立った成果がない……要するに敗北が多い。今のままでは、他国に侵略されてしまう」


「そんな状態なんだ」


「はい。そのため王とオリビエ派はオリビエの能力とカリスマ性でなければ、この国難を越えられないと確信している。現状、オリビエが不慮の事故で死ぬ以外、王になることは既定路線でしょう」


「じゃあ、やっぱり今の旅は期限付きなんだ?」


「はい。今、宮廷内ではオリビエ派が、敵対する王子……恐らく第2王子でしょうが、その裏取りと派閥の把握を行っているので、オリビエ派はそのいわば『掃除』が終わった暁に迎えるのでしょう」

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