わたしがいる

 その夜。


「じゃあ明日、そこのバカ2人と道場来てね。リムちゃん!」と、名残惜しそうにするコルバーニさんとお別れして、宿に戻った。


 宿の部屋に入り、ベッドに寝転がると体中の重さが一気に増えたような疲れを感じた。

 今日も……色々あったな。


 私が狙われている。


 その事実は息が詰まりそうな不安を沸き立たせた。


 でも、確かにあの時私がペンダントから出した力が、遥か昔この世界から消えた力だとするなら、そんな存在オリビエを狙う側……多分お兄さんである第2王子だろうけど。からすれば邪魔以外の何物でも無い。


 邪魔……か。


 ライムは兄弟だからこそ権力争いはみにくくなる、と言ってたけど、私には分からない。

 一人っ子の私にとって、兄弟は憧れだったから。


 私は隣でイビキをかいて寝ているライムを横目で見ると、起こさないようにそっと部屋を出た。

 そして、宿屋の2階にあるバルコニーへ行くと、ボンヤリと夜空を見上げる。


 ビルのあかりも排気ガスもないこの世界の星空はとても綺麗だ。

 日本最大というプラネタリウムへ修学旅行で行ったことがあったけど、その時の景色が毎日見れているようで、心が丸ごと星空の海に持って行かれそうになる。


 そんな感じで夢中になって空を見ていたら、急に肩をポンと叩かれた。


「ひゃっ!」


 驚いて振り向くと、そこには優しい笑顔のオリビエがいた。


「星もいいけど、風邪引くぞ。これを使って」


 そう言うとオリビエは手に持っていた毛布を肩にかけてくれた。


「さっき、ずっと突っ立ってる君を見かけてね。持ってきた」


「あ……ありがと」


「この地方の秋は寒い。夜になると凍えるようになるからな」


 そう言われて改めて、自分の手がひどく冷たくなっていることに気付いた。

 ずっと考え事してて気付かなかったな……


 私が冷えた手をこすっていると、オリビエが「ちょっと失礼」と言って、毛布で両手を包んでくれ、その上から自分の両手を重ねた。


「兄貴がよくやってくれた。子供の頃剣術の訓練中に手が冷え切って、痛くてたまらなかった。そんなとき、そっと手を包んでくれたんだ。それだけで頑張れた。俺には兄貴が居てくれる。だから何も怖くない。って」


 そのお兄さんって……


「毛布越しなら恥ずかしくないだろ。好きでもない男に手を握られたくないと思うから」


「……そんな……」


 私は自分の顔がひど火照ほてっているのが分かった。

 こんな優しい人が……なんでお兄さんと。


 そう思ったとき、私の口から自然に言葉がこぼれた。


「王様になるの……嫌とか言えないの?」


 その直後、オリビエは表情をこわばらせたが、すぐに苦笑いを浮かべた。


「あの鉄仮面め……」


「ご免なさい。私が無理に聞いたの。……ねえ、オリビエ優しいからきっと凄く苦しんでると思う。凄くいい王様になるとは思うけど、でも……権力争いとかを望んでるとは思えない」


「ああ、望んでないよ。王座なんてゴミ箱に捨てたいくらいにね。でもな、リムちゃん。時には本人の意思いしなんてゴミより軽くなる事もあるんだ」


 オリビエはそう言うと、私の頭を優しく撫でて言った。


「さっき言ってた手を握ってくれた兄貴……俺を狙ってると言われている第2王子、アスターテ・シュトロムは、その兄貴なんだ」


「そんな……おかしいよ、そんなの」


「そうだな、おかしいな。笑っちゃうくらいに」


 オリビエは乾いた笑いをしながら続けた。


「親父……今の国王か。と、うるさい宰相さいしょう達が言うには、この先の国難こくなんは俺で無いと無理なんだとさ。買いかぶられたもんだね。第1王子の兄さんは産まれた時から病弱で執務は困難。本来なら兄貴……アスターテが継承けいしょうするべきなんだ。兄貴も物心ついたときから、王の座に座るにふさわしい人間に、と言われてずいぶん辛い日々だった。俺はそんな兄貴を間近で見ていたからよく分かる。でも兄貴は泣き言も言わずにひたすら応え続けた。そのあげくが、国がヤバいから序列がずっと下。側室の子である第7王子に王をゆずれ……って。やってらんないだろ」


 それは……凄く分かる。


 周囲の期待に応える。

 それは決して自己満足のためだけじゃない。


 もちろんそれもあるけど、途中からは期待通りの自分で無いと見捨てられるのではないか、自分が信頼してる人から冷たい目で見られるんじゃ無いか、と言う不安感が大きいんだ。


 それはまるで、何かに必死にしがみ付いているような……

 でも、お兄さんは無理矢理振り落とされた。

 よりによってその「周囲」から。

 自分の弟が原因で。


「それから少しして兄貴より序列が下の王子数名が不審死を遂げるようになった。時を同じくして兄貴は人が変わったように朝から晩まで遊び回るようになり、訓練も執務しつむもやらずたまに城にいるかと思えば側近を集めて部屋で賭け事ばかり。そして……俺の姉さんも、夕食中に倒れてそのまま今でも目を覚まさない。その日、俺はたまたま調子が悪くて夕食のスープを飲むことが出来なかったが、姉さんが代わりに飲んだ直後だった」


 私は何も言葉が出なかった。


「優しい姉さんだった。ちょっとばかり食い意地が張ってたがな。母さんはそれで心を病んでしまい、俺はその翌週に大司教の指示でブライエと共に城を出た。下の名前も『シュトロム』から『デュラム』に変えて……で、今に至る」


 オリビエは泣きそうな笑顔で言った。


「実は、前に君がホームシックで泣いてたときの言葉……あれも兄貴の受け売りだった。子供の頃の俺は泣き虫でね。しかも怖がりだったから剣術や格闘技の訓練が辛くて、訓練前には毎回王宮の庭の隅に隠れて震えていた。他の兄貴達からも『側室の子』と言われていじめられてたしな。そんな俺を見つけたアスターテ兄貴が言ってくれたんだ。『辛いときは我慢するな。好きなだけ泣くといい。スッキリしたら前に進め』って。それから、いつも兄貴の部屋で泣くたびに、何も言わずにそばに居てくれた。そっと背中を撫でてくれながら」


 オリビエはいつしか私に背中を向けていた。

 何かを隠すように。


「全部俺のせいなんだよ、リムちゃん。アスターテ兄貴がああなったのも、姉さんが倒れたのも、母さんが壊れたのも。だから、君が正直羨うらやましい。家に帰れば家族が居る。俺には……いない」


「私がいる」

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