閃光のように、羽のように

 え?

 

 このとんでもない状態にあまりに似つかわしくない子。

 見た感じ……12歳くらいだ。


「だめ! 逃げて!」


 私の言葉におかっぱちゃんはニンマリと笑うと、それに答えず男の人たちのところにスタスタと歩き出し、ひげもじゃさんの前に行くと言った。


「ねえねえ、私もま~ぜて。あの子気に入っちゃった」


「は? なに?」


「う~ん、おじさんたちには難しすぎる言い方だったかな。もっと低レベルにしなきゃだね。『私と一緒にいいことしない?』あれ? これ違う意味か……」


 おかっぱちゃんの言葉に、ひげもじゃさんは静かな口調で言った。


「……ふざけるな、お前」


「えっ! 怖いなぁ。優しく言ったのに分かんないんだ。ほら、頭の中にある脳みそってやつ。とても便利だからちょっとでも使ったほうがいいよ。ホント」


 ひげもじゃさんは、鬼瓦おにがわらのような表情のまま腰に手を回した……がすぐに、怪訝けげんな表情になった。

 そして、眉間みけんしわを寄せて何度も自分の身体をまさぐっている。


「おじさん探してるのってこれ?」


 おかっぱちゃんが右手をヒラヒラと顔の前で揺らす。

 その手には、ナイフがあった。

 ひげもじゃさんは、引きつった表情で腰を見る。


「俺のナイフ……いつの間に」


「言ったじゃん。脳みそ使って、って。怒ると人って注意力ガタ落ちになるんだよ~」


 おかっぱちゃんはそう言ってクスクス笑うと続けた。


「おじさんたち、この子達を怖がらせる遊びやってたんだよね? う~ん、でもさ。女の子を泣かす遊びってハッキリ言って……クソつまんねえんだよ」


 おかっぱちゃんの表情が急変した、次の瞬間。

 おかっぱちゃんはナイフを、閃光のように振り下ろした。

 次の瞬間、ひげもじゃさんのズボンとパンツが……落ちた。


「な……」


 ひげもじゃさんは何が起こったか理解できない様子でポカンとしていたが、おかっぱちゃんはそれが合図になったかのように、カップ麺さんの目の前に行きナイフを上下に振った。おかっぱちゃんと操るナイフの動き。

 その両方は、まるで風に舞う羽のように軽やかで、美しかった。


「……っ! グッ!」


 カップ麺さんがうめき声を上げて顔をゆがめると、手を押さえた。

 その直後、ライムが手を飛び出て私の方に飛んできた。


「ライム!」


「うえ~ん! 怖かったよ~りむ~!」


 ……そんな風には見えなかったけど。

 って、それはどうでもいい。

 

 おかっぱちゃんに目を向けると、いつの間にか残り2人も手から血を流して苦しんでおり、その前でナイフをペン回しのようにクルクルと回している。


「手の皮を切っただけ。でも、これ以上手を出すなら骨を砕く」


 静かに、だけど有無を言わせない口調に4人は、引きつった表情で逃げ出した。


 助かった……

 

 安心感でポロポロと涙がこぼれる。

 思わず手で顔をおおった私の所に、おかっぱちゃんが来てバッグを渡してくれ、さらに優しく背中をさすってくれた。


「よしよし、怖かったね~。もう大丈夫」


「……あり……がとうございます」


「お礼はいいって。昼ご飯食べ過ぎちゃったからさ~。食後の運動になったよ」


 私ってホント1人じゃなにも出来ない。

 元の世界ではパパやママ、おじいちゃん。

 この世界ではオリビエやブライエさんや、ライムにこのおかっぱちゃん。

 いつも泣いてばかりで助けられっぱなし。

 でも、この人みたいに強かったらそんな事考えないんだろうな……


 それから少しして、何とか泣き止んだ私は頭を下げて改めてお礼を言った。


「有り難うございました。本当に助かりました。この子とバッグまで。このご恩は忘れません」


「いいって、そんな仰々ぎょうぎょうしくしなくても。お互い様でしょ。私も昼からの訓練前にいい眠気覚ましになったよ」


「いいえ、とんでもないです! 私、山本りむって言います。あの……りむが名前で山本が名字です。なので、皆さんとは名前の言い方が逆ですけど……歳は16歳です」


「私はライムです。訳あってこの子と共に旅をしてます。今後ともよろしく」


「ふむ、こりゃご丁寧に。山本りむちゃんとライムちゃんね。私は『アリサ・コルバーニ』この街で剣術道場をやってるよ。歳は一応12歳。こちらこそよろしくね。しっかし、妖精さんか~。もう森の片隅でしか見ない希少きしょう生物をこんな所でね~」


 へ? 一応? 後、コルバーニってどこかで聞いたような……


「あ、じゃあさ~リムちゃん。お知り合いになった所で、ちょっと聞きたいことあるんだけど」


「何でしょう」


「『8時だよ! 全員集合』ってまだ続いてる?」


「あ、はい。えっと……その番組はもう……って、え!?」


 それって、あのドリフの……!?


 確かパパが好きでよくDVDで見てたやつ。

 私は目尻めじりが切れるのでは、と思うくらい目を見開いて目の前の女の子を見た。


 コルバーニと名乗る女の子は悲しそうな顔をした。


「あ~、その反応。やっぱ終わっちゃったんだ。あ~あ、最終回見たかったな……」


「あ! あ、あの……! それよりも、コルバーニ……さん」


 しまった。声が完全に裏返っちゃった。

 コルバーニさんはテンパりまくっている私を見て、ニンマリとしながら手を差し出した。


「同じ日本人同士、仲良くしようね。あ、ちなみに日本での名前は『高木亜里砂たかぎありさ』だよ。12歳でいきなりコッチにきちゃってさ~。エラい目にったよ。どの位いるかな。もう20年から先は数えてないよ」

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