英雄の再来

 ん? 実の……兄? 王子?


 え~っと……

この世界に来てからやたらと情報量多すぎなんですけど。

ああ、メモくらいとっとけば良かった……ってバイトじゃ無いんだからさ。


「あの……それって、どういう」


「いや、そのまんまでしょ、りむ」


「うるさい。焼き鳥にするよ」


「……なんか、怖いんですけど」


 泣きそうな顔をするライムを無視して、ブライエさんの顔をジッと見る。


「混乱するのも無理はありません。オリビエは、このリグリア国第7王子。末席のため、本来であれば王位継承権はありませんが、王と側近の一部からその人格と才能を非常に高く評価されている。宰相や司教の中には『建国の英雄マーリンの再来』と言う者もいるほど。そのため、自身の王位継承権の喪失を危惧した第2王子によって、命を狙われているのです」


「そんな事って……あるの? 実のお兄さんでしょ」


「そんなもんでしょ。古今東西、権力が絡むと親兄弟こそ泥沼だよ」


「この状況を危惧し『オリビエ派』と言われる、一部の側近集団と王直々の計らいで『統治する国の現状を視察する』と言う体裁で、城から逃がしたのです。そのため、身分を隠して冒険者ギルドに所属し……ですが、それで完全に安全を図れた訳で無いことは、リム様が重々ご承知かと……」


 それは確かに。

あの様子だと地の果てまで追ってきそうだ。


「オリビエは辞退とか……しないの? 継承権を。じゃあ、2人の旅は期限付きって事?」


「後、ブライエって何でそんなにオリビエの内部事情知ってんの?」


 私とライムの問いに口を開こうとした時、外で靴音が聞こえた。


「オリビエが戻ってきました。続きはまたの機会に」


 そう言い終わるタイミングで、オリビエが帰ってきた。


「済まない。コルバーニ先生に捕まった」


「おい。別件とはその事か。何のことかと思ったら」


「そんな訳あるか。今回の依頼の報酬を受け取りに行った帰りに、バッタリ会ったんだよ。ウッカリ怪我した事を話したら『鍛錬たんれんが足らなかったせい』って、臨時りんじレッスンさせられそうだったんだ」


「あの人にも困ったものだな」


 ブライエさんが苦笑いを浮かべる。


「ああ。リムちゃんもコルバーニ先生には気をつけた方がいいぞ。俺とブライエが冒険者になってからの剣の師匠なんだが、とにかく教え魔だ。実践的な剣術指導の方は完璧だが、とにかく厳しいのと……あ、いや、うん……それだけだ。まあ、リムちゃんは関わることは無いだろう」


 オリビエのにごしたような言い方が気になったけど……まっ、いっか。


「さて、2人は少しは休めたかな?」


「うん。有り難う。かなり楽になった!」


「そっか。そりゃ良かった。もし良かったら明日にでもこの街を案内しよう。見ての通り、町並みを見てるだけでも楽しめるが、芸術にあふれているのが売りなんでね。そこも楽しんでもらいたい」


「有り難う! 楽しみ!」


 その後は、宿屋で出た夕食……何の肉か分からないけど、焼き肉のカルビみたいな味の小さな肉を沢山焼いた物。

それに、ジャガイモみたいな味の芋を煮たものや、サラダ等々。

元の世界に非常に見た目も味もそっくりなのは嬉しかった。

これなら食事からホームシックになる事はなさそうだ。


 その後は、宿屋の大浴場に入ったけど、ブライエさんが言うとおりまさに温泉だった。

硫黄いおうの匂いまでそっくりだ……そして、夜風が心地よい。

ライムは横で水死体みたいにうつ伏せで浮いたり、仰向けになったりクルクルしてる。


 お風呂の後は、ドッと疲れが出たのかベッドに倒れ込むといつの間にか眠りに落ちた。


 そして翌日。


 オリビエとブライエは約束通り、私とライムを連れてカンドレバの街を案内してくれた。

ライムは昨日興奮して寝付けなかったとのことで、オリビエが今朝私にプレゼントしてくれた肩掛けバッグの中にもぐって寝るとのことだった。

よほど眠かったのか、中から大きなイビキが聞こえる。


 昨日言われたとおり、アチコチの壁に神話からだろうか。

色んな神様らしき人物や、草木の模様が繊細にかつ力強く掘られている。

また、所々にある彫刻もまるで生きてるようだ。


「凄い……」


「気に入ったかい? この街は俺も来るたびにブラブラしてる」


「分かる……こんな美しい街、私の世界にもないよ」


「この街は、これが観光資源ですからね。この町並みを見たさに、わざわざ他国民もやってくるほどなんです」


 そう話すブライエさんは心なしか嬉しそうだ。


「とは言え、様々な国の人たちが来る観光地なだけに気をつけないと行けないこともあるんだ」


「え? それは……」


 と、私が言いかけたとき。


 背後から誰かがぶつかってくるような衝撃を感じ、驚いて振り返ると帽子を目深にかぶった男性が走り去っていった。

もう……何なの!


「リム様、大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫。ビックリしたけど、ぶつかってきただけだから」


「なら良かった。リム様にお怪我があれば、あの男八つ裂きにするつもりでしたが」


「い、いや……そこまでは」


 と、言ったとき。私は自分の肩に違和感を感じた。


 あれ……軽……い?


 慌てて確認すると……やられた!

そこには、切られた後の皮のベルトだけが情けなく垂れ下がっていたのだ。

ライムの寝てるカバン……


 私は慌てて、さっきの男性の後を追って走り出した。


「行くね! バッグ盗られた!!」

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