やれば出来る子

 ブライエさんが……死んじゃう!?

 

 何回声をかけても反応が無い。

 ここまで冷静だったオリビエも険しい顔で必死に何かを考えている。


 ああ……どうしよう。


 元々の責任は私だった。

 

 朝になり、朝食を済ませた私たちは森をを出て街へ向かうことにした。

 二人が冒険者ギルドに登録しているその街はとても大きく、そこでならおじいちゃんの情報もつかめるかも知れない、と言う事だったのだ。

 

 また、ひどく疲れているであろう私とライムに落ち着ける場所を与えたいというオリビエとブライエさんの配慮もあった。

 ホントにいい人達だ……


 やっと落ちつける事と、おじいちゃんの手がかりを得られるかも知れないと言う事に浮かれていたのだろう。

 

 しばらく歩いて泉のほとりに出たとき、オリビエから「初めて来る場所には特に注意するように」と言われていたのに関わらず、その水面の映す森の木々のまるで絵画のような美しさに、ついほうけたように近づいたのだ。


 その時。

 

 水の中から、何かの触手しょくしゅらしき物が飛び出してきた。


 え……?


 目の前に迫る白くて長い触手がまるでスローモーションのように見える。


「危ない!」


 その時、近くに居たブライエさんが私の前に……まるで抱きしめるように出た。

 その直後、鈍い音と共にブライエさんは……倒れた。

 触手はなおも突き刺そうとしたが、駆けつけたオリビエによって切られると、水に戻っていった。


 倒れているブライエさんを見ながら、私はボロボロと涙を流していた。


「どうしよう! 私のせいだ……ボーッとしてたから!」


「君のせいじゃない。大丈夫だ。だが、早く何とかしないといけない。あの触手から出る毒は心臓を一発で停止寸前まで追いやってしまう。そのままほっとくと……」 


「でも……どうしよう!」


 その時、なおも泣くことしか出来ない私にライムがポツリと言った。


「5秒前にこの人の心臓は停止した」


 その言葉に私とオリビエは驚いてライムの方を見た。

 なんで分かるの?


 だが、彼女はそんな私たちの反応などどうでもいいと言わんばかりに続けた。

 私の顔をじっと見て。


「りむ、あなたならこの言葉の意味、分かるよね?心停止から1分経過まであと……45秒」


「え……なにそれ? ハッキリ言って……」


 その時、ライムの目を見ていると、まるでそれが呼び水になったかのように、まるで映画の1シーンのような場面が浮かんだ。

 それは、ママのしている看護師という仕事に憧れていた私が、ある日ママに教えてもらった事……


 そうだ!


 私は、身体を震わせながらブライエさんの横に両膝立ちの姿勢を取った。

 そして……


「オリビエさん。ブライエさんの胸の鎧を外して。すぐに」


「な? なぜそんな……」


「早く!」


 私の大声に気圧けおされたのか、オリビエは慌ててブライエさんの鎧を外す。


「1分経過まで後10秒。りむ」


 じゃあ3分経過まで後……130秒。


「胸の中心の下寄りに手首寄りの手のひらを置く。その上にもう1つの手を重ねる。肘を伸ばして……」


 取り憑かれた様に早口でつぶやくと、私はそのままブライエさんの心臓に全体重を乗せる様に、5センチほど沈むように強く深く押し始めた。

 1分に100回のペースで……


 そう、私はブライエさんに心臓マッサージをしようとしているのだ。

 

 心臓が止まった後の処置。

 1分以内に行えば95パーセントが助かる。

 3分以内なら75パーセント。

 しかも脳への後遺症もこの時間内なら高確率で避けられる。

 でも……3分を超えると脳は酸素が無いことで破壊される。

 5分を超えると75パーセントの確率で死ぬ……

 とにかく急ぐしか無い。


 途中、肋骨が折れる嫌な感触と音がした。

 やっぱり練習した時のお人形とは全然違う……

 

 背筋が冷えるような恐怖を感じたが、ママは心臓マッサージ中の相手への怪我は避けられない、絶対に命が優先だから、と言ってた。

 

 私は……ママを信じる。

 勇気を振り絞って、骨の折れる音には構わず、ひたすら心臓を潰すような勢いで圧迫し続けた。

 急がないと。

 この人は私をかばってくれた……絶対助ける!


「お、おい! 一旦止めろ! 骨が折れて……」


「静かに。りむは今、この人を助けようとしてるの。『心臓マッサージ』って言って、止まった心臓をまた動かすための技術。一刻を争うから、あなたを助けた時みたいな魔法は出す暇ない。あんなの出るか出ないか博打みたいなものだし」


「心臓マ……そんなのがあるのか? 君たちの世界には」


「うん。でも、的確にこれを行える素人はアッチでもそうはいないよ。やれば出来るじゃん……」


 何かオリビエとライムの会話らしき物が耳に入ってくるけど、そんなの構ってられない。

 私は心臓マッサージと人工呼吸をひたすら交互に行った。

 恥ずかしいとか言ってる場合じゃ無い。

 

 そして……


「オッケー、りむ。10秒前に意識戻ったよ。この人」


 人工呼吸の最中、ライムの声が聞こえた私は慌てて唇を離して、顔をのぞき込んだ。 

 すると、ブライエさんが咳き込み始め……うめき声と共に目を開けた。


「これは……私は……」


 やった……

 私は放心状態で、地面に突っ伏した。

 助かった……しかも脳も無事みたい。


 私が……助けた。私の力で。


「そうだよ、りむ。あなたが助けた。あなた一人の力で、何にも頼らず。まして万物の石なんて言うちゃちな超能力なんかにも」


「……間に合わなかったもんね。出るの」


「当然。もし、あなたがあそこで魔法を待ってたら、ブライエは死んでたか、運が良くても植物状態」


「それは、助けられないの?」


「あ、そっか。言うの忘れてた。あの力は確かに治癒もあるけど、死者はよみがえらない。酷く破損した身体の部分も戻らない」


「え? そうなの!」


「そっ。だからあなたが心臓マッサージしたのは最善手だった。魔法を待ってたら終わりだったよ」


「……ありがと、ライム。あなたが教えてくれたから」


「ノー、あれはあなた1人の力。それより、鉄仮面……じゃない、ブライエがあなたをじっと見てるよ」


 え?

 

 ブライエさんの方を振り向くと、私を真剣な眼差しでジッと見ている。


「……さっき、オリビエから聞きました。私を……助けてくれたとの事。深く感謝します」


 そう言って、深々と一礼してくれた。


「あ……いいですいいです!それより、胸……痛みますよね。本当にすいません!多分……骨、折れてるから」


「気にしないで下さい。あなたの慈悲によって与えられたと思えば、この痛みもまた心地よい」


 そう言うとブライエさんは、何か言いたげに私をじっと見ている。

 あれ……なんか……様子が。

 あれ……?


「あなたは私の命をお救い頂いた。この恩義、生涯忘れることは無いでしょう。これより私の全てはあなたに捧げます。この命の全てを……」


 そう言って立ち上がり深々と一礼する、ブライエさんをポカンと見た。


「悪いなリムちゃん。コイツはどうも惚れっぽい所があって……困ったな。おい、鉄仮面! リムちゃん困ってるだろ」


 え? え? 惚れっぽ……い?


 その時、胸のペンダントが最初は小さく。

 そして段々と……そう、オリビエを助けた時のように大きく輝きだした。

 

 え……何で?

 そのうち、光はうねりを増していきまた……青い鳥さんが現れた。

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