リムとライムと赤い髪

「あ……うん」


「え! 素っ気ないな~! あ、先に言っとくけどあなたは頭がおかしくなった訳じゃないからね。第2資料室はユーリ……あなたのおじいちゃんね。と、私の作ったアッチとコッチをつなぐ扉なの」


 扉? アッチとコッチ?

 何言ってるのか分からない。


 でも、フリーズしかかっている脳の中で、ふとおじいちゃんの事が浮かんだ。

 そうだ! おじいちゃんも、ここにいる……


「もしかして、おじいちゃんも……」


「お、少しは冷静になった? そう、原因は不明だけどユーリは何かの事情で図書館に帰って来れなくなったの。私があなたの前に姿を見せた理由は2つ。1つはこの世界であなたの身を守ること。ユーリと約束したからね。もう1つは……」


 ライムと名乗る子は、悲しげな表情を浮かべると言った。


「お願い、ユーリを見つけ出して。そして連れて帰って欲しいの」


 言われなくてもそのつもりだ。


「もちろん。絶対におじいちゃんと一緒に帰る……って言うか、本当に夢や幻覚じゃないの?」


「くどい。何なら思いっきり頭殴ってあげようか。マンガとかだとそれで目が覚めるんだよね?」


 私は無言で首を振った。

 夢や幻覚ならそのうち覚めるだろう。

 

 正直、ひどく混乱してるし泣きたくなるほど……いや、もうとっくに涙が出かかってる。

 でも、おじいちゃんを見捨てたくない。

 私のたった1人の味方。


 私が学校に行けなくなってから、パパはため息をつくことが増えて、ママは難しい顔ばかり浮かべている。

 そして、前はめったにしなかった言い争いを良くするようになった。

 

 私の将来がどうなるか。

 これからどうするべきか。


 私を交えずに2人で話しては、お互い大きな声を出す。

 

 前はそんな事無かった。

 間違いなく私のせいだった。

 

 私はただ、私の話を聞いて欲しかった。

 争いの末に解決策を見つけて、なんて一度も頼んでない。

 なぜ学校に行けなくなったのか。

 これからどうしたいのか。

 それをゆっくりとただ、聞いて欲しかった。


 朝起きてご飯を食べて、本を読んで、お風呂に入って夕食を食べて寝る。

 何気ないことの全てがまるで悪いことをしているように感じる。

そして、自分が両親や先生にとって「良い子」じゃ無くなった事実も、ズキズキと胸の奥を痛くしていた。

 

 そんな家の中が嫌になった私にとって、泳いでいる時とおじいちゃんと過ごす時だけが安らぎだった。

 どっちも余計な物は見えないし聞こえてこない。

 どっちも暖かいまゆの中に包まれているような安らぎを感じる。


(りむは今、一休みしているんだね。いつか進むときのために。色々見て、聞いて、楽しむといい。その全部がまた歩き出したときに、りむの支えになる。いらない物なんて無い)


 おじいちゃん……


「ライム……って言ったよね? おじいちゃんがどこにいるか分かる?」


「ゴメン、無理。分かってたらのんきに自己紹介せず、すぐにりむを引っ張ってた」


「じゃあどうやって……」


「どうしようね。とりあえず、あの森にはいろっか」


「え!」


 ちょっと待って。

 確か『森には凶暴なモンスターがいる』って言ってなかった?

 って言うか、モンスターって……


「ここは日本じゃないの?モンスターって言ってたけど」


「ここはリグリアと言う国。まぎれもなくモンスターはいるよ。あなたのよく知ってる奴ね」


「何で……」


「説明したとしても今のりむでは理解しきれない。余計テンパっちゃうだけでしょ? 追々おいおい話すよ。ただ、この世界と日本のある世界は昔から繋がってた。そこからの知識で生み出された物語や文化は結構多いよ」


「そうなんだ」


「大分前に私とユーリでアチコチ閉じちゃったけどね。さ! とりあえずは森へ。ことわざであるでしょ『虎穴こけつに入らずんば虎児こじを得ず』って」


 そんな無計画な……

 

 でも、ずっとこの丘に居てもおじいちゃんを見つけられる気はしない。

 それは事実。


 丘はあんなに明るかったのに、森の中に入ってみると、ビックリするほど暗い。

 森ってもっと明るいと思ってた……

 って言うか怖い。

 心細くなり、目の前が涙でぼやけてくる。

 

 もうヤダ、帰りたい。

 

 そうだよ、私なんかが1人でおじいちゃんを探せるわけがない。

 ライムとか言う子もわけ分かんないし。

 そうだ。

 まずはあの丘に戻って帰る方法を見つけて、家に帰ってからパパとママか警察に相談した方がいいよ。


「ねえ、ライム。やっぱり……」


「しっ! 何か聞こえない?」


「嘘!」


 私はすくみあがった。

 まさかクマとか!!


「うめき声が……あっちから」


「何も聞こえないけど」


「私すごく耳がいいの。男性の声だね」


 そう言うと、ライムは右側の藪の中へ飛んでいった。


「ちょっと待ってよ! 私……飛べないのに」


 半泣き状態で藪をかき分け必死にライムに追いつくと、そこには大人でも一抱えできないほどの大きな木があった。

 そして、確かにライムの言うとおり根元にある大きな穴から、男性の微かなうめき声が聞こていた。


「し、失礼しま~す」


 何とも間の抜けた言葉を言うと、私とライムは恐る恐る穴に入った。

 その途端、私は思わず「うっ」と声を出して、両手で口と鼻を覆った。

 これって……血の匂い。


 そう、穴の中には鉄と生臭さの混じった、血液の匂いで一杯だったのだ。

 そして、すぐ目の前の暗がりの中に倒れている人影が見えた。


 真っ暗でよく見えないな。

 私はスマホを取り出すと、ライトを点けた。

 すると、人影は弾かれたようにこちらを見た。

 その動きにビックリして、私は危うくスマホを落としそうになった。


 その人は、まるでファンタジー物のマンガで見るような皮の鎧と古びたベージュのマントを身につけていた。

 だが、私の目はそんな事よりも彼の外見から目を離せなかったのだ。

 その人はショートカットのまるで炎の様な赤毛に、まるでギリシャ彫刻のような美しい顔立ちだった。


(まるで、外国の映画俳優みたい……)


 思わず見とれていると、横からライムの声が聞こえた。


「りむ、危ない!」


 ハッと我に返ると、私の胸ギリギリの所にこれは……剣? たぶん、そうだ。

 それが向けられ、赤い髪の映画俳優さんが途切れ途切れの声で言うのが聞こえた。


「……すぐに出ていけ……ここから」

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