第15話 悲喜こもごもの茶番の幕開け

 眞嶋家の面々の視線を一身に受けながら、私は俯きました。

 肩を震わせて涙を流し、鼻を啜ってしゃくり上げる真似をし始めます。


「……ゆ、縁?」


 ショックから立ち直り切っていない慶介さんに名前を呼ばれても、私は応じず。

 代わりに、近くに目立たないよう置いておいたA3封筒を手に取ります。


「これを」


 私は、封筒のから写真を一枚取り出し、言葉少なにテーブルに置きました。


「な……っ」

「何ですか、これは……!?」


 それを目にして、お義父さんは絶句し、お義母さんは顔を青ざめさせました。


「ぁ、あ……、あ……っ!」


 写真を目にした慶介さんが、目と口をいっぱいに開きました。

 それは、彼と澪さんが自らの痴態をわざわざ自撮りした『ハメ撮り写真』でした。


「な、何だ、これはっ!」

「見ての通りです。お義父さん。慶介さんは不倫をしていたんです」


 わなわなと震え始めるお義父さんに、私は感情が失せた冷たい声で告げます。

 そして一転、叫びました。


「私がいないと無理だなんて言いながら、この人は!」


 その叫びは濡れ切って、半ば嗚咽に近しい響きをもって三人に届きます。

 慶介さんが顔を汗にまみれさせ、言い訳をし始めます。


「ゆ、縁! 違うんだ! これは、その、ち、違……っ!」

「慶介ぇ!」


 ですが、お義父さんが身を乗り出して左手で彼をひっぱたきました。

 バチィンッ、と、激しく肉を打ち据える音がして、慶介さんが椅子から転げます。


「おまえは何てことを、何てことをぉ!」


 お義父さんは椅子から立つと、彼の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶります。


「この写真は何なんだ! しかも相手は、宮藤さんの娘じゃないか!」


 澪さんのお父さんは県会議員で、お義父さんはその後援会長という間柄です。

 お義父さんにとって、この写真は私たちだけの問題では済まないのです。


「ぁ、あ、ち、違……」

「何が違う! 言ってみろ! 縁さんの前で、言えるものならな!」


 涙目になる慶介さんを、お義父さんが怒声を叩きつけます。

 その傍らで、お義母さんが私に事情を問いました。


「この写真は一体、どういうことなの。縁さん」


 お義母さんも頬を引きつらせ、今にも怒りを爆発させそうな雰囲気です。

 でも、私は語ります。

 あくまで被害者として、涙と、嗚咽混じりに。


「先月、慶介さんが『俺が浮気をしてたらどう思う?』って、きいてきたんです」

「な、そ、それは……っ!」


 仰天する慶介さん。そして彼は、大声で反論してきました。


「待ってくれ、縁! おまえはあのとき、俺を信じてくれるって……!」

「はい、信じています。……いえ、信じていました」


 私はかぶりを振り、言い直しました。

 そして彼の方を見て、余計に涙を溢れさせて、声を張り上げました。


「信じたいから、疑ったんです! 慶介さんはそんなことしてない。調べたって何も出てこないって、私、信じてました! 信じてたんです!」


 そこで一度言葉を切って、私は目をきつくつむって擦り切れたような声で、


「でもね、慶介さん? ただ信じるだけで何もしないのは、白馬の王子様を夢見る無知な子供と一緒です。私達は、いい年をした立派な大人なんですよ……?」

「ぅ、う、あ……!」


 切々と語る私に、慶介さんは二の句を継げられません。

 隣のお義父さんが、彼に代わって深く深く、うなずいてくれました。


「そうだな。縁さんは何も悪いことなどしていない」

「親父……!?」


 慶介さんは驚愕しますが、この流れは私の想定通りです。

 最初の一手で、最悪の証拠を見せる。

 そうすることで、私は、義両親から私への同情を引き出したのです。


「だけど、縁さん。あなたはどうやって、この写真を?」


 お義母さんが当然の疑問を口にします。

 それはこの茶番の第二幕の始まりを告げる合図でもありました。


「とある人から、貸してもらったんです」

「とある人?」

「はい。少し、お待ちを」


 私はスマホを手に取って、電話をかけました。

 それから三分経たず、家のインターホンが鳴りました。私が応対に出ます。

 玄関を開けると、そこに男性二人と女性が一人が並んでいました。


「お待ちしておりました」

「お邪魔します、眞嶋さん」


 久しぶりに聞く、穏やかなその声。黒ぶち眼鏡をかけたその人は、嗣晴さんです。

 そして、隣にいるのはもちろん澪さん。


「……縁、あんた」


 彼女は血走った目で私を睨みつけてきます。

 しかし、その左頬は真っ赤に腫れあがっていました。


 それをやったのは、嗣晴さんではなく、もう一人の大柄な骨太の男性。

 澪さんのお父さんです。


「このたびは、私の娘がとんでもないことを……」


 澪さんの父親である宮藤さんは、いきなり私に頭を下げてきました。


「ここでお話も何ですので、どうぞ中へ」

「はい、お邪魔いたします」

「……く」


 恐縮しきりの宮藤さんと、彼に腕を強引に引っ張られて呻く澪さん。

 嗣晴さんは何も言わず、最後に家の中に入りました。


「これは、宮藤さん……」

「眞嶋さん。うちの娘がすまないことをした。本当に……!」

「こちらこそ、俺の息子がバカなことをしでかして……」


 お義父さんと宮藤さんが互いに頭を下げ合っています。

 その様子を、慶介さんは呆然と、澪さんは忌々しげに見つめています。


「これで全員そろいましたね」


 そう言ったのは、嗣晴さんです。

 ここから、この場を仕切る役割は私ではなく、彼になります。


「それでは改めて今回の一件の説明をさせていただきます」


 舞台をリビングに変えて、茶番の第二幕が開幕します。

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