第10話 流れゆく日々の裏側で
――DM会話。
縁:お久しぶりです。
嗣晴:眞嶋さん! お体の方はどうですか?
縁:大丈夫です。まだ少しリハビリが残ってますけど。
嗣晴:それはよかったです。本当に。
縁:事故から半年、お待たせしてしまいました。
嗣晴:こっちからは連絡禁止でしたからね。
縁:繋がりを知られるわけにはいかないので……。
嗣晴:わかってます。データはクラウドにあげてあります。
縁:あとで確認しますね。
嗣晴:それと早速ですがお話が……。
縁:何かあったのですか??
嗣晴:澪と慶介がSNSでやり取りしています。三か月くらい前からです。
縁:それは……。
嗣晴:そちらのデータもアップロード済みです。
縁:ありがとうございます。でも、よく気づけましたね。
嗣晴:澪は機械類は僕任せなので、スマホ買い替え時に設定しておきました。
縁:そうですか。おかげで、こちらの決意もますます固まりそうです。
嗣晴:決意? 何か考えていることでも……?
縁:はい。私は――、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
嗣晴さんは『何でも手伝います』と言ってくれました。
慶介さんの殺し方の件です。
他には何もなく、だからこそ私に寄り添ってくれる彼を感じられました。
嗣晴さんがいなければ、私はロクでもない末路を辿っていたに違いありません。
だから、私も彼を支えていかなければなりません。
私と彼は同じ『黒』を分かち合う共犯者なのですから。
「さて――」
DLが終わったので、慶介さんと澪さんの会話ログを確認しましょう。
『絶対、縁おかしいって。想像妊娠とか絶対ヤバいよ、あのクソメンヘラ地雷女!』
私が入院した翌日の澪さんの書き込みです。全く悪びれていませんね。
慶介さんからの返信はなく、ここから澪さんの一人相撲が続きます。
『何で縁なのよ。あれの何がいいの!?』
『新婚なのに旦那にさびしい思いさせるとか最低よね~』
『慶介? 既読スルーするな! 何か言え!』
色々書き込んでますが、やはり返信はなし。
むなしく壁に話しかける澪さんを想像しましたが、完全に粘着ですね。これ。
慶介さんは彼女のこういうところがイヤで別れたのでしょうね。
私が入院して一か月が経過した頃。
初めて、慶介さんからの返信がありました。
『どうして俺が親父に怒鳴られなくちゃいけないんだよ』
それは、お義父さんに対する愚痴でした。
『何よ、パパに叱られちゃったの~?』
『ブロックするぞ』
『やめてよ。余裕なさすぎ~』
慶介さんと澪さんは、随分と砕けたやり取りをしていました。
幼馴染で、高校時代は付き合っていたという二人ですから、そうなるのも納得です。
『仕事でミスしたの? かわいそ~。じゃ、おじさんに褒められるための方法教えてあげるわ。縁のやつと離婚すればいいのよ。簡単でしょ?』
『軽々しく言うな』
『私はいつでも再婚してあげるのにな~。いいかげん。嗣晴にはウンザリよ。あのゴミ、おもちゃにもなりゃしない』
本当に、メチャクチャに言っていますね。私のことも、嗣晴さんのことも。
『俺のカミさんは縁だ』
『何言ってるのよ。私から逃げるために捕まえた女でしょ、あれ』
その書き込みを見て、私は大学の頃を思い出します。
慶介さんと出会ったのは大学二年のときで、彼から告白され、交際に至りました。
出会って早々の告白で驚きましたが、なるほど、そういう裏事情ですか。
私は、澪さん避けの壁だったようです。
プライドが高い慶介さんは、常に主導権を握っていたいのでしょう。
だから、澪さんとは正反対な大人しくて従順な性格の私を選んだということですか。
『だけどさ』
澪さんのその一言から、私は会話ログを改めて読み進めます。
『縁のこともおじさんから言われたんでしょ。想像妊娠とかキモいことしたんだし』
慶介さんからの返信はありません。
『愚痴ならあいつに言いなさいよ。何でこっちに言ってくるのよ』
慶介さんからの返信はありません。
『縁の前じゃカッコつけたいだけでしょ。あんた。だって、あいつを逃したらあんたにはもう私しかいなくなっちゃうもんねぇ~? ね~、慶介。そうでしょ?』
慶介さんからの返信は――、五分後にありました。
『おまえのそういうところがイヤなんだよ』
それだけでした。
この日はそれ以降、慶介さんは何も返しませんでした。
最後は反論していますが、揺れ始めているのがわかります。
私という存在が、慶介さんにとって負担になり始めているのです。
この会話ログの日付は、彼が私に『妻は私だけだ』と言ってくれたあの日です。
私と離したその裏で、あの人は澪さんに頼っていたのですね。
「あ……」
近くに置いておいたスマホが震えました。慶介さんからのメッセージです。
『これから帰るよ。今日の夕飯は?』
気がつけば、もう夕方を過ぎて夜。
私は、スマホを手に取って返事を書き込みます。
彼が帰宅時間を告げて、お返しに私は今日の夕飯のメニューを教えてあげる。
私が家に戻ってからずっと続く、日課となったやり取りです。
「さ、夕飯の支度をしましょうか」
私はエプロンをつけて、キッチンに向かいました。
ここからさらに半年ほど、特に何事もなく平和な日々が続いていきました。
私は慶介さんの妻として寄り添い続けました。
彼も、表面上は優しい夫を演じていました。
でもその裏側で、慶介さんと澪さんの会話ログは着々と増えていきました。
そして、二回目の結婚記念日を過ぎて、大体三か月を過ぎた辺りのこと。
『今日は遅くなる。夕飯は大丈夫だから先に休んでてくれ』
『これからそっちに行く。メシ用意しておけ』
前者は私宛のメッセージで、後者は澪さん宛のメッセージ。
書き込み時間は一分もズレていません。
――慶介さんが初めて私についた嘘でした。
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