第2話 思春期の弟

 そんな大喜多兄弟は、今高校生になっていた。中学までは、同じ学校に通っていた。これはどこの兄弟でも同じことではないだろうか。

 二人は、

「さすが双子」

 と言ってもいいくらい、よく似ていた。

 ただ、それは、小学生の頃までであり、途中から少し様相が変わってきた。弟の忠次が、少々太り始めたのだ。

 基本的に体型が変わってしまうと、顔も表情も変わってしまったように感じる。

 特に、

「肥満体の人は、おおらかな性格に見える」

 というところから、結構まわりの信任も暑かったりした。

 だが、好き嫌いもハッキリしていて、

「肥満体の人は、威圧感に押し潰されそうで、近づくのも嫌だ」

 と思う人もいる。

「助けてもらえるだろう」

 という依存を求める人と、

「その身体の迫力で脅されたら従うしかない」

 という、自分を従者として見てしまう人と、それぞれに別れるからではないだろうか?

 だが、今度は高校生になると、兄の方も太ってきたのだ。

 そうなると、元々双子、似ない方がおかしいというもので、

「お兄ちゃんが、弟を追いかけてどうすんの?」

 と笑いながら、親せきの人は言ったりするが、忠直は、苦笑いをするだけだった。

「俺だって、意識しているわけじゃないんだからな」

 と言いたかったのだ。

 この頃になると、兄弟それぞれ、自分たちが双子であることを嫌っていた。

「何で、双子になんかなったんだ?」

 という思いである。

「まだ兄弟の方がいいよな」

 とそれぞれに思っているが、その気持ちが強いのは、兄の忠直の方だった。

 本当であれば、兄が優遇され、弟が冷遇されるのであるから、弟が嫉妬するなら分かるが、実際には、弟はあまり気にしていないが、兄の方が気にしているとまわりから思われていた。

 忠直が、

「思ったことがすぐに顔に出る性格だ」

 ということだから、しょうがない。

 まわりもそれは分かっているが、なぜ、弟を変な意識を持っているかということはよく分かっていなかったのだ。

 弟の方は、どちらかというと性格的には暗かった。

 だが、周りはそうは見ていないようだった。

「肥満な人間はおおらかに見える」

 というが、忠次もそうだったようだ、

 中学になってから太り出すと、逆にモテるようになってきた。女の子の中には、

「パンダのようで可愛い」

 という人も出てきたのだ。

 痩せている頃は、

「いかにも気難しそうだ」

 ということで、まわりから無視されることが多かったが、太ることで一気に親近感が湧いてきた。

 思春期という時期でもあることから、安心感を少しでも感じさせてくれる相手に自然と集まるのではないだろうか?

「あの暗かった大喜多君が、急に親近感が湧く気がして」

 という女の子もいれば、

「母性本能をくすぐられちゃうのよ」

 とばかりに、まだ、所長を迎えたばかりで、明らかに処女にしか見えない女の子がいうのだから、面白いものだ。

 だが、兄の忠直は、元からの、エンターテイナー的なところがあった。

 自分で意識することなく、まわりを面白くさせるというような素質があったといってもいい。

 兄は、生まれつき、まわりが判断してくれるという、

「恵まれたタイプ」

 であり、弟の方は、自分から変えていかないと、まわりは気づいてくれないという、

「損なタイプ」

 だったのだ。

 そういう意味では、サバイバル精神は、弟の方が強かった。その分、嫉妬心も強く、当然のごとく。猜疑心も人一倍だった。

 しかも、中学時代の思春期の時期に、女の子から呼び出されたので、思わず舞い上がった気持ちになり、ノコノコやってくると、

「お兄さんの忠直さんに渡してくれる?」

 と、ラブレターを渡されたりした。

 忠直は、意外と古風なものが好きで、

「ラブレターなど貰ったら、舞い上がっちまうだろうな」

 と、男友達の間だけで話をしているにも関わらず、女の子がなぜ、その情報を知っているのか分からなかった。

 どうやら、忠直の仲間の中には、相当、口が軽いやつがいるようだったのだ」

 忠直を好きになった女の子は、まるでストーカーのように、忠直を注視していたに違いない。

 だから、忠直のまわりに口の軽いやつがいれば、自分に靡かない程度に近づき、忠直の情報を仕入れるくらいのことはしているだろう。

 しかし、あまり近づきすぎると、今度は自分がストーカー被害に遭わないとも限らない、それを思うと、気を付けることに超したことはなかった。

 しかし、そこまで大胆なことができるくせに、本人の前に出ると何もできない。はにかんでしまって、何も言えなくなるのだろう。

 本当はそんなことはないのかも知れない。

 しかし、そういう女の子は、自分のことを、そういうはにかみ屋で、

「本人の前に出ると何もできない女の子だ」

 ということを自覚するタイプなのではないだろうか。

 だからこそ、ラブレターも忠次に渡せばいいと思うのだった。

 彼女は二人が双子だということはもちろん知っている。だから、それぞれを見ていて、今は、双子にしては性格も何もかも似ていないように見えるのに、心の中では、

「双子というのは、見た目ではなく、まわりが思っている以上に似ているものだ」

 と思っていた。

 双子が普通の兄弟くらいお距離であれば、

「普通の兄弟というと、赤の他人だといえるくらいの距離があるに違いない」

 と思っている。

 だからこそ、本当の忠次の性格を見ようともせず、

「この二人は似ているんだ」

 と勝手に思い込み、

「弟は兄の分身だ」

 というくらいに感じているのではないだろうか。

 だから、

「ラブレターを渡す」

 という任務を与えられても、弟だったら、

「兄のために」

 ということで、甘んじて受けてくれると踏んだのだった。

 しかし、それが考えが甘いというもので、しかも、その考えを忠次は見抜いていた。

「この女、俺を利用することに対して、良心の呵責が揺らぐことすらないんだな」

 と感じた。

 忠次は、こういう女が、いや人間が一番嫌いだった。

「好きな人のことが徹底的に調べるくせに、肝心なところで手を抜く」

 というやつである。

 そんなやつのことを、許すことはできないが、だからと言って、こんなやつのために、自分が気を揉んだりするだけバカバカしいというのも分かっていて、

「だったら、どうすればいいんだ?」

 と考えながら、ある程度までは頭が回るのだが、まるで電池が切れてしまったのか、急に思考回路がばったりと動かなくなるのである。

「さあ、どうしよう?」

 と思い、考えた。

 思考停止するまでには、計算ではまだまだあった。

「このままほっぽっておけばいいのかも知れない」

 という考えである。

 それが一番当たり前のことのように思えた。

 しかし、バレた時が、忠直とぎこちない関係になることを嫌ったのだ。忠直は、どちらかと疎いところがあったので、少々のことでも気づかないところが扱いやすかったのだが、ここで我に返られると、操縦がしにくくなる。

 ということは、忠直を怒らせないようにしないといけないということであった。

 このあたりが、

「双子の双子たるゆえんだ」

 ということなのだろう。

「以心伝心とはこのことをいうに違いない」

 と、この時だけ、双子の底力というものを思い知らされることになるのだった。

 かといって、このまま流れに乗って、ラブレターを渡すのは辛かった。

 いや、むしろ、こっちの方が辛くて苦しく、地団駄を踏んでしまうことになるだろう。

 それを思うと、

「兄にだけいい思いをさせるのは癪だ」

 と思うのだった。

 この感覚は、本当の普通の兄弟であれば、ここまで感じることはないだろう、

「双子だから、相手のことが分かり切っていると思うから、このように感じるのであった」

 と言えるだろう。

 結局、ラブレターを手渡しするのは忍びないので、せめてもの妥協案として、

「下駄箱の中に入れておく」

 という純愛を絵に描いたような、背中が痒くなるような方法しか思いつかなかった。

 ただ、正直、いろいろ考えたのは間違いなく、

「一周回って、辿り着いた」

 と言ってもいいだろう。

「双子って、何て厄介なんだ」

 と思う。

 それは、兄の忠直も同じことを感じていて、

「兄弟でほとんど狂いなく同じことを考えているのが、このことだというのは、これ以上の皮肉はない」

 ということであった。

 そんな忠次は、

「今回は二人の顔を立てて、ラブレターを曲がりなりにも渡すという役を引き受けてやったが、いずれは、似たような仕返しをしてやる」

 ということで、それから、兄を虎視眈々と何かを狙っているのであった。

 忠直は、弟のそんな気持ちは知らなかった。

 ただ、忠直という男、見た目と違って、腹黒いところがあった。

 正直、スタイルもよく、高身長であることから、女の子には結構モテた。

 双子であるから、

「俺だって痩せていれば、あれくらいモテたのにな」

 と、忠次は考えたが、

「太ってしまったのは、俺のせいだからな」

 と、嫉妬はしょうがないとしても、それで兄を責めるわけにはいかないのは分かり切ったことだった。

「じゃあ、しょうがないか」

 といって、簡単に諦めがつかないというところは、

「弟だからかな?」

 と感じたが、どうやら関係ないようだ。

 ただ、

「たまに自分を必死で言い訳がましく考えてしまうところは、弟らしいのか?」

 と考えるのは、間違っていないようだった。

 忠直はその時、ラブレターを忠次に渡したその女の子を、

「次のターゲットにしよう」

 と狙っていたらしい。

 実は、忠直には、普段とは違う、

「別の顔」

 があった。

 その顔というのは、実に卑怯なことであり、割る仲間連中をつるんで、忠直がイケメンであることを利用して、忠直がナンパした相手を、

「皆でもてあそぶ」

 ということをしていたのだ。

 中学生なので、変な過激なことはしなかったが、すくなくとも、警察に分かれば、取り調べなどが行われ、一歩間違えると、退学になるのは間違いないことであった。

 だから、

「よほど、名乗り出ないような気弱な女の子しか狙わない」

 というものであった。

 ただ、本当に暴行してしまえば、一発少年院などに送られてしまい、下手をすれば、人生はそこで終わりということになりかねないのだった。

 だから、本当に暴行はしない。ちょっとした悪戯程度である。

 そういうことなので、忠直を始めとしたメンバーは皆、

「童貞」

 だったのだ。

 そのターゲットにラブレターを渡した女の子が引っかかった。

 彼女は、

「まさか、自分の好きな人は、そんなひどい人間だった」

 などということを知る由もない。

 手紙を受け取った忠次も、

「兄貴がそんなひどいやつだったなんて」

 と、後になって言っているくらいだったので、知らなかったのは間違いないだろう。

 相手が知らない相手だったら、まず、忠直が声をかける。軽い気持ちで、どこかに遊びに行こうか話していると、そこに、不良が絡んでくる。それを忠直が、巧みに男たちを説得する。

 そのテクニックは、仲間の一人がよく分かっていた。

 その仲間というのは、ホストに知り合いがいて、女を誑し込むにはどうすればいいのかということを聞いていた。そして、桜を撃退する方法もシナリオを書いてくれて、助けることができるのだ。

 もちろん、その場を大げさにするわけにはいかない。警察でも呼ばれると本末転倒だからだ。

 かといって、普通に説得して相手が引き下がるようなうまい話しにするわけにはいかない。

 さりげなく、大げさにせず、相手を屈服させる方法である。結局、女の子を少し離れたところで待機させ、こちらが何を言っているか分からないくらい小さな声で話をしているかのように見せかけ、実際には女の子に、

「俺は、不良の説得ができればいいんだ」

 というだけのことである。

 昔のように腕力にものを言わせるというのが、実に浅はかであるということと、あまりにもベタで、

「何かおかしい」

 と相手に思わせるだけである。

 しかし、少し離れたところで、威勢よく相手を説得できれば、彼女の方も、

「まさか相手までグルだ」

 という、いわゆる、美人局のようなやり方をしているなどということは思わないだろう。

 それが、

「贔屓目」

 というもので、男の何たるかを知らないことから、陥りがちな罠なのかも知れない。

 男も数人いれば、それくらいのことを分かる人間が一人くらいはいるだろう。これだけ大胆なことをしようというのだから、それくらいのことを分かっている人がいないと成功するものもしないだろう。

 それを思うと、

「そんな悪知恵など、いい方に使えば、どれだけの人が助かるか」

 と言えるのであろうが、

 それくらいのことが分かっているのであれば、こんなちんけな計画に嵌ることはないだろう。

「それだけ自分に自信がない」

 のか、それとも、

「自分の知恵が浅はかだということで、これが限界だ」

 と思っているのかの、どちらかであろう。

 忠直に、忠次は、渡してほしいといって託された手紙を渡さなかった。

 彼女に対しても、もし聞かれたとすれば、

「うん、渡したよ」

 と言おうと思っていた。

 忠次とすれば、

「まず聞かれることなどない」

 と思った。

 聞くくらいであれば、自分で渡す勇気だってあるだろう。最初は勢いで、忠次に依頼したが、きっと、今、後悔しているかも知れない。

 後悔にもいろいろあって、

「自分で渡せばよかった」

 という後悔である。

 せっかく自分が書いたものなので、自分で渡したいと思うのが本当だ。それができないということは、

「目の前で突き返されたら、ショックが大きく立ち直れない」

 と思っているからに違いない。

 だが、

「実際に自分で渡さなければいけないものだ」

 と思っているはずなので、渡せなかったということに自分が自分で歯痒いに違いない。

 だから、弟に渡してもらおうと思ったのだろうが、もし、自分たち兄弟が本当に仲が良く、弟が兄に、

「あんな手紙を自分から渡せないような女の子、やめておいた方がいいよ」

 というかも知れない。

 または、これは自尊心が強い場合のことだが、彼女からすれば、

「弟の方が、私のことを好きになって、兄弟で私を取り合うということになって、結局、お兄ちゃんが弟に譲るなどということになれば、溜まったものではない」

 と思った。

 というのも、

「本当はお兄ちゃんが好きなのに、弟と付き合うというのはどういうことを意味するかというと、本当に好きな人が目の前にいながら、別の男性とお付き合いをしていることになり、もし、お兄ちゃんに彼女でもできれば、その仲睦まじい姿を、見せつけられながら、好きでもない人と付き合っていくことになる」

 ということになる。

 これほどの二重苦はないだろう。

 そんなことを考えると、弟に手紙を渡して、お願いするというのは、これほど、後味の悪いこともないだろう。

 確かに、

「手紙を渡す」

 という目的だけなら、一番いい方法なのかも知れないが、その目的からすれば、まったく正反対のパターンもあり得て、自分が苦しむことになるなど思ってもみなかったことであろう。

 しかも、相手は気づいていないだろうが、手紙を託された方も、

「面倒なことを言われたものだな」

 と思うということに気づかない。

「本当は兄弟仲が悪かったら?」

 ということを考えなかったのだろうか。

 そうなると、手紙が兄の手に渡ることはまずありえないだろう。普通の日常会話すらしないのに、弟の方から話しかえるにも、相当に気を遣っていかなければならないし、話しかけられた方も、面倒臭そうにするに決まっている。

 仲が悪いということはそういうことだ。

 特に兄弟であれば、相手に対して、最初は威圧的な意識を与えて、自分の方が立場が上であるということを知らしめなければいけないだろう。

 まず、立場関係をハッキリさせることが大切なのだ。

 たった数時間、生まれ落ちるのが違っただけで、兄と弟というか垣根をつけられたのだ。

「生まれる時に自由がない」

 ということを思い知らされているような気がした。

 これは、双子にしか分からないことであり、二人の間での以心伝心で、相手が考えていることも分かるのだった。

「実に厄介だよな」

 と、忠次は思っていた。

 忠次がそんなことを考えていると、忠直は、自分がモテるというのをいいことに、いろいろな女の子と一緒にいるのが目立つようになっていた。

 忠次は、自分が太り始めたことからか、自分の身体にコンプレックスを感じたことで、女性に対しても、さらにコンプレックスを感じるようになっていた。

 それが、兄である忠直を意識しているからだということに、まだ本人は気づいていない。まさか、コンプレックスというものに、他人が影響しているなどとは思っていなかった。あくまでも、他人には関係のない。自分だけのことだと思っていたからだ。

 しかも、兄に渡してほしいというラブレターまで預かる始末。その場で断っておけば、こんな余計なストレスを掛けることなどなかったはずなのに、どうしたことだというのだろう?

 そんなことを考えていると、

「コンプレックスの原因が、兄にある」

 とまで思うようになってしまった。

 それが、嫉妬によるものなのか、それとも、コンプレックスを自分の肥満だけではないということを感じていて、それが何であるかということが分からないことをもどかしく思い、とりあえずということで、その矛先を兄に向けたということではないだろうか。

 そういう意味では、厳密なコンプレックスとは、種類の違うものだったのかも知れない。

 中学に入って、自分が太り出したことで、

「思春期だから仕方がないのか」

 とも思うこともできた。

 とにかく食欲が旺盛だった。

 朝から、白飯茶碗に3杯は食べていくほどの食欲、小学生の頃にはなかった。もし、小学生の時に、それだけの食欲があれば、とても、昼など、給食だけで耐えられたわけもなかったに違いない。

 食欲旺盛な自分と違って、そんなに食べない忠直を見ていると、

「羨ましい」

 という思いと、

「あれで本当に大丈夫なんだろうか?」

 という思いがあり、不思議な感覚になってきた。

 兄は、まったく変わらないままに成長している。それは顔も体型もである。

 だから、兄と正対すると、兄の顔が、まるで自分のように思えてくるのだ。

 つまり、兄の顔を今、自分もしているという感覚になる。太ってしまったということを、その瞬間忘れることができるのだ。

 しかし、兄と顔が離れると、すぐに太った自分が頭の中に戻ってくる。鏡を見ていないのに、鏡を見ているという錯覚になるのだった。

 それは、兄と正対している時、

「俺は鏡を見ているのではないだろうか?」

 と感じるからであった。

 その鏡というのは、あくまでも、

「自分を映している」

 という感覚になる。

 そのおかげなのか、兄の性格が自分の性格になってきたかのように思えたのだ。

 だが、本当なら嬉しく思うはずではないか。

「いつも人に気を遣って、女の子にはモテている、そんな兄の性格が分かるのであれば、自分だってなれるかも知れない」

 と思うからであろう。

 ただ、嫉妬がないわけではない。

 兄というものを自分が好きな自分として映し出しているのだとすれば、嫉妬も仕方だない。

 逆に自分が兄のようになれれば、今度は自分がまわりから嫉妬の目を受けるのだ。

 それこそ、自尊心をくすぐるというもので、まるで、眠り姫に出てきた魔女が鏡を見ている時、硬骨な表情をしているようなものではないか。

 そんなことを考えていると、あまり鏡を見るのが嬉しくないという気になってきた。

「兄だけを見ていればいいんだ」

 と思ったのは、兄を見て、

「自分の姿だ」

 と思った時と、鏡で自分の姿を見た時、まったく違う顔に見えるというその時の感覚であろうか。

 だから、自分の部屋には、一切鏡を置かないことにした。

 そもそも、怖がりなところのある忠次は、夜中眠る時、真っ暗にするにも怖いので、常夜灯をつけたまま寝るようにしている。

 学校で友達から、

「寝る時は、部屋を真っ暗にしないと眠れない」

 という話を聞いた時、ビックリしたのだ。

「部屋を真っ暗にしたら、怖くないか?」

 というと、

「怖い? 臆病だな。いや、少しでもついていると、気になって眠れないのではないか?」

 と友達はいうが、

「いやいや。それこそ、気にしすぎだろう」

 と反論したくなったがやめておいた。

 最近、兄に対して、逆らう気持ちが少し失せてきたことからか、友達が、明らかに自分が考えておかしいと思うことでも、反論できなくなっていた。

「一体、どういうことなのだろう?」

 と考えるのだが、理由は分からなかった。

「そうか、部屋を暗くするのか?」

 と思い、一度やってみた。

 しかし、結果はうまくいかなかった。なぜかというと、

「真っ暗に慣れてくると、真っ暗なはずの部屋の中で、何か光っているものを感じる」

 と思い、最初はそれが何か分からなかったので、

「暗闇でも光るものがあるのだ」

 と思い、気持ち悪くなった。

 それが鏡だということが分かると、変に納得した。

 そういえば、昔の女性が鏡台で自分の姿を映す時、確認し終わると、鏡台についている布を鏡の上にかぶせるのだった。上から降ろすようになっていて、もちろん、実際には見たことがないので何とも言えないが、それを思い出すと、

「鏡を気持ち悪いと思う感情は、今も昔も変わりないんだな」

 と感じるのであった。

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