第9話 芳野

 詳細はナナもよく知らないらしいが、ナナの母親の麻美は、歌舞伎町の飲み屋で働いている様だ。高橋や、ナナにたかっていたクソ虫共もそこの常連らしいが、どうせ真っ当な飲食店じゃないのだろう。


 リヒトにもらった千円はとっくに無くなり、腹が減って仕方ないので、麻美に

「食い物か金くれないと、児相に駆け込むぞ!」

と悪態をついたら、ぶん殴られはしたが、翌朝、仕事場の残りだといって、乾いたサラダ見たいのをそのままビニール袋に入れて持ってきやがった。

 あたしゃ、ペットのウサギか何かか。

 まあ客の食い残しだろうが、無いよりはマシだと思って食った。

 

 そしてそのまま学校に行ったら……おや、今日はお嬢様達来てるじゃん。


「おはよ!」


 エリカは、何事もなかったかのように、芳野に明るく挨拶をした。

 そのとたん芳野の身体はビクンと痙攣したように硬直し、プルプル震えている様にも見えた。


(おー、おー。お灸の成果、ばっちりじゃん! 

 そんじゃ……マウント取ったろか)


「あれー、芳野さん。聞こえなかった? おはよう!」

 そのエリカの声に、芳野はゆっくり向き直って、顔を引きつらせながら言った。

「お……おはようございます……」

 芳野の取り巻きだった三人も、エリカに近づき、芳野に倣って挨拶をした。

 

 その瞬間。クラス内の空気が一瞬凍り付き、ちょっとして嘆息ともどよめきともつかない声が上がった。


(うほー……これこれ。やっぱ魔王はこうじゃなくっちゃ! 

 恐怖で支配! これだよ、これ!)


 だが望月理人だけは、やたら怖い顔でエリカを見ていたのが分かった。

(まあ、あいつは当面、油断ならねーな……)



 ◇◇◇


 昼休み。


 芳野と取り巻き三人は、机をくっつけて四人で弁当を食べている。

 エリカはそこへ歩み寄り、話かける。


「ねえ、いっしょにお昼しようよ。ってもあたいは牛乳だけだけどねー」


 四人に緊張が走るが、だれもNoとは言わない。

 脇にあった空いている椅子を引っ張り寄せて議長席を作り、エリカがどっかり腰かけた。


(あーあ。こんなに怯えちゃって……ちょっと可哀そうかな。それじゃ……)


「みんな聞いてくれ。あたいは、別にあんたらを嫌いじゃないんだ。

 いままで何か行き違いがあって……そう、あたいもあんたらを誤解してたと思うし、あんたらもあたいを理解出来てなかったんだと思う。

 だからさー。

 過去は水に流して、これからは友達になってくれるとうれしいんだけど……」


 四人の眼の色が、明らかにさっきと違ってきているのが分かる。


「あの……来宮さん。これ、私のサンドイッチ。ちょっとお腹の調子が良くなくて、食べ切れなさそうなので、一ついかがですか?」

 双葉がそう言って、エリカにサンドイッチを勧めて来た。


「ああ、それなら私も……唐揚げどうぞ!」「それじゃ私は卵焼きで……」

 他の取り巻き二人も、お弁当をエリカに勧める。


「うわー、おいしそうだね。じゃ遠慮なくいただくわ」


(ふはー。お嬢様方の弁当うめー! ……見たか! これぞ魔王式人身掌握術。

 人間って、恐怖を与えてから優しく接すると、保身の本能からか、絆を強くして気に入られようとするんだよねー。

 でも、芳野ちゃんは、さすがにプライド高いか……)


「こほん!」

 芳野の咳払いに、三人がビクっとした。


「ああ、お嬢様。ごめん。

 あんたのお友達が優しいもんで、つい甘えちまった……」

「それはよろしいです。それで……ナナさん。

 よろしければ、私のエビフライもどうぞ……。

 それで、あの……よろしければ、今日の放課後、ちょっとお話宜しくて? 

 ちょっとここでは話づらいのですが……」


(なんだー。便所にでも連れ込んでリンチでもする気か? 

 まあ、そんな度胸が残ってるなら、魔軍の幹部候補にしてやってもいいけどな)


「わかった。付き合うよ」


 ◇◇◇


 一昨日の放課後、芳野に拘束された時、突然マナが使える様になり、魔力で危機を脱したのだが、そのマナがどこから湧いて来たものか、エリカには今だ分からなかった。

 どうやらナナの魂から出て来た様なのだが、そもそもナナの魂がオドの役目をはたして、日ごろからマナを蓄えているのか、あるいはナナの魂そのものが何等かの情動とともにマナを作り出すのか……。 

 

 あれから二日たったが、マナが溜まった様には思えない。

 だが、時間がかかるだけかもしれないし、自分が立っている場所でも違うかも知れない。そのあたりが判明しないと、今後、いざという時にはあてに出来ないのは明白だ。


 なので当面は、魔王としてのフィジカルな能力が頼りなのだが、如何せんフルパワーでそれを使うと、ナナの身体が壊れてしまうのは眼に見えている。


 なんとも、加減がむずかしいよなー。


 放課後。エリカは、芳野とともに駅前まで来ていた。


 どうやらお嬢様は二人きりをご要望の様で、いつもの取り巻きも帰してしまっている。まあ、こいつとタイマンならフルパワーは必要ないだろうが……。


 そこで、カラオケボックスというものに、初めて入った。

 エリカはもちろんだが、ナナも初めてらしい。

 厚いドアで仕切られた個室で、音が外に漏れない構造だ。

 ここで殴り合っても、まあ外からは分からんだろうが、それならもっと広いところでやればいいので、やはりなにか内緒話がしたいのだろうと思った。

 

「そんで、お嬢様。お話って?」

「……言いづらいのですが、率直に申し上げます。私、怖いんです」

「あん? 怖いってあたいがか?」

「もちろん、あなたは恐ろしいです。催眠術なのか、薬物なのか……どうやってあんな感覚を私達に与えたのかはわかりませんが、あんな思い二度としたくございませんわ。

 ですが、私が恐ろしいと申し上げたのは理人さんです。

 あの人は、失敗を許しません。

 しかも私達はあの後、先輩たちに穢されてしまい、リヒトさんに完全に見放されました。

 これからどうなるかと思うと……。

 ですので、これはあなたにも責任がございますのよ! 

 私達に協力して、手を貸して下さいませんか?」


「はあ……確かにリヒトはあたいにとっても憎き敵なんだが、なんであんたほどのお嬢様がそんなに恐れるんだ? たかが学生じゃないか」

「私は、中学の時からあの人と行動しておりました。

 ですからあの人の狡猾さも残忍さもよく理解しているつもりです……。

 ああ、あの人に付き従って、こんな低レベルの高校にまで入ったというのに……それに、あなただってこのままで済むと思わないほうがいいですわよ」

 

 なんなんだ。あのリヒトってやつ。

 こんなに恐れられて……あたいより魔王っぽいじゃねえか。


「そこまで言うならお嬢様よ。知ってる限りを話てくれや。

 そのつもりで、こんなところにシケこんだんだろ?」


「ええ、そのつもりよ」


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