第5話 学校

 吉村さんが来た翌日。


「あんたのせいで、あの児相とかが見てるかもしんねえ。

 へたに勘繰られねえように、ちゃんと学校行けよ!」

と麻美に強要され、学校へ行く事にした。

 そのまま家にいても、麻美の気分次第で意味もなく殴られそうだったし。


 だが、学校が近づくにつれ、例の頭のズキンズキンがひどくなる。


「おい、ナナ。お前、学校でも何か問題があるのか?」

「……大丈夫。我慢出来る」

「何だよそりゃ? 事と次第によっちゃ、あたしゃ我慢できねーよ!」

「大丈夫……見なければいい。聞かなければいい。考えなければいい」

「お前……」


 畑山高校、一年三組……ここが、ナナの教室か。


 エリカの世界では、エルフや人間の国には学校があったが、魔族の国にはそうした類のものは無かった。

 だいたい、魔族の中にはオークやゴブリンといった、あまり知能の高くない奴らもいて、勉強以前に、力で強制するような場面が多かったかな……などと思い出したりした。


「おっはようごっざいますー」


 出来るだけ、明るく大きな声で朝のあいさつをしながら教室に入った。

 こういう時の第一印象って大事だからな。

 すると、一斉に部屋の中にいた人間の視線が集まる。


 えっ? 何だ……この冷ややかな視線は?

 誰一人として、挨拶を返さない。

 いやいや、魔王城でも、側近は挨拶返してくれたぞ。

 でも、それってあたいが魔王だから? いや、違うだろ!


 皆、なにか幽霊でも見たかのような冷たい、怯えた様な視線だ。

 だが、あたいも魔王だ。人間にこんな視線で見られているのは慣れっこだ。

 さて、ナナの席は……。


「ねえ。なんか生ゴミ臭くない?」

 ナナの席を探して、机の間の通路を通った時だった。

 そばの女子学生が、小声でボソッと、でも隣の子に向かって確かにそう言った。


「いや。別に臭くないけど……」エリカは笑顔で返した。

 まさかエリカが反応するとは思っていなかったのか、相手は相当ビックリしたような顔をした。


「ねえ。私の机ってどれだっけ?」エリカは、その子に尋ねた。

 あれ? なんかこの子。顔ひきつってる……あたいが怖いのかな。

 魔王オーラ出ちゃってないよね?


 その子が、窓際の一番後ろの机を指さしたので、そこに向かった。


「!」そこでエリカは驚愕した。なんだ、この机……。


 机の上には、黒く太い文字で、『生ゴミ』とか『不燃物』とか『4ネ』とか……罵詈雑言が所狭しと書き込まれていて、机の物入れには、紙屑やら空き缶やら食べかすみたいなものが、ぎっしり詰められている……。


 おい、ナナ。これは一体……。


 すると、深層からナナの声がした。

(大丈夫……見なければいい。聞かなければいい。考えなければいい)

 そんな……。


 すると、教室の前の方から声がした。


「あれー。今日は生ゴミの収集日でしたっけ? 何で来宮さんがいるの?」

 みると、ロングで巻き毛の一見してお嬢様風の女子学生が教室に入ってきた。


「おはようございます。ヨシノ様」

 クラスの生徒たちが一斉に彼女に挨拶を始めた。

 なんだ……あいつ。このクラスのボスか?


 エリカは臆せず、言葉を返す。


「おめーは何だ? あたしゃ、生ゴミじゃねーぞ!」

 ヨシノ様と呼ばれた女子も、まさか口答えされるとは思っていなかったようで、

 顔を真っ赤にして怒り始めた。


「あなた、誰に向かってそんな乱暴な口の利き方を……。

 やはり貧乏人はしつけがなっていませんわね。

 ひと月以上、学校来なくて忘れちゃった? 

 私は、小平芳野こだいらよしの!。

 あなたのような生ゴミが、口を利いてよい相手ではありません事よ」


「てめー、何様……」芳野に駆け寄ろうとするエリカを、ナナが止める。

(ダメ。相手しちゃダメ……)

(ナナ……でも、こりゃあんまりだ……)


「君たち。もうよさないか! 同じクラスなんだから、もっと仲良くしようよ」

 今度は、教室の後ろの戸口で声がした。

 そこには、結構イケメンな男子生徒が立っていた。


理人リヒトさん……何いい子ぶってそんな事を仰ってるのかしら」

 芳野がリヒトと呼んだその男子は、臆することなくエリカに近寄って来て言った。


「来宮さん。勇気を出して学校に来てくれたんだね。歓迎するよ。

 そうだよな、みんな?」


 パチパチパチ……周りから拍手が起こった。

 さすがの芳野も、苦虫をつぶしたような顔をしている。


 そこへ、桂浜先生が入ってきた。

「あれ? 皆さん、どうしたの? あー、来宮さん。来てくれたんだ」

「はい、先生。それで、クラスのみんなが不思議そうな顔してたもので、

 僕が、来宮さんと仲良くしようぜって……」

「ああ、望月君。ありがとう。さすが学級委員長だね」


 なんだなんだ。なんか勝手に話が進んでるな……。

 エリカには状況がよく呑み込めないが、肝心のナナは何も解説してくれない。


「ええ。村山さんの件もありましたし、今後こそは、クラス一丸になって、仲良くやって行かないとダメだと思いましたから」


 その時、頭の中で、ズキンという痛みが走り『村山のどか』という名前が思い出された。もちろん、ナナの記憶なのだろうが……。

 おい、ナナー……やっぱり無反応だ。


 とりあえず、その場は収まった様なので、机の中を片付けて授業に臨んだ。

 人間の授業は……正直、内容はよくわからんな。


 だが、それにしてもこのクラスは……。

 あの芳野とかいうツンツンは、ナナの敵か?

 そんでリヒトとかいう奴は博愛主義者? 

 

 どっちにしろナナはこのクラスで歓迎されていなかった様だ。

 来たのがひと月ぶりとか言ってたけど……。

 学校って、たまに来るでもいいんじゃなかったっけ? 


 とりあえず、席が窓側の一番後ろという事もあり、陽だまりがポカポカと暖かい。

 エリカは船を漕ぎながら、そんな事を考えつつ何とか昼休みまで耐えた。


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