第4話 母と娘

 ピンポワーン!

 相変わらず、間の抜けたドアチャイムだ。


「ごめん下さーい。私、児童相談所の吉村と申します。

 昨夜、お約束させていただいたものでーす」


 太陽が真上近くまで上り、桂浜先生が言っていた通り、児相の人が訪ねて来た。


 麻美は、ついさっき起きたばかりの寝起きで、髪も化粧もぐちゃぐちゃのネグリジェ姿だが、気にせず玄関を開けた。


「なんすかー?」

「私、児相の地区担当、吉村と申します。昨夜、ナナさんが、江ノ島で保護された件で、親御さんとお話がしたくて参りました」

「ごくろうさんっす。でも、うちは特に何も問題ないっすよー」


 どの口が言ってんだ! エリカは心の内で悪態をつくが、ここはナナの気持ちを優先しなくてはと思い直した。

 吉村さんは、二十代半ばだろうか。結構たくましい感じの健康美人さんだ。


「いえ。派出所の巡査のお話だと、あちこち傷を負われたりしているそうで、何かそれについて心あたり等があれば、教えていただきたいのですが……」

「さー。うちは、よそさんと比べても親子仲はいい方だと思うんすけどねー。

 なあ? ナナ」


「うん。おかあさん……あの、吉村さん? 私、そそっかしくて、いつもあちこちぶつけたり転んだりしちゃうんです。だから、心配いただく様な事は有りません」


 くそ、なんで魔王様がこんなウソを……でも我慢、我慢。


「でも、ナナさん。その顔のアザ。まだ新しいわよね……。

 困ったり辛かったりしたら……正直に話てくれていいのよ。

 そうしたら、児相は、あなたを安全に保護してあげられるの!」


「あんさー。あんた、何言いがかりつけてんのさー。

 この子が何もないって言ってんじゃん。

 なんか証拠でもあって、そんな事言うのかなー。

 そうでなきゃ、訴えるぞっ、おらぁ」

 麻美がすごんで見せるが、吉村さんは臆する様子も見せずに言った。


「わかりました。今日の所はご挨拶という事で、これで失礼します。

 ですが、また定期的にお伺いしますので、その節は宜しくお願いしますね。

 ……いい事、ナナさん。怖かったら、交番でもよその家でも……何処でも駆け込むのよ!

 私達は、あなたを見捨てないから!」


「うっせー。早く帰れ!」

 麻美が、吉村さんを押し出す様に外に出して、戸口の鍵をガチャンとかけた。


「ったく。うぜえんだよ!」

 そう言いざま、麻美が、エリカに後ろから足払いをかけ、エリカはばったりと床に倒れた。


 そして、スマホを見ながら言う。

「ちっ。ほれ見ろ! 高橋のおっさんから、お叱りメールだ……。

 ナナ、わかってんよな? おめえの好き嫌いは関係ねえんだよ!

 ちょっとの間、眼つぶってれば、気持ち良ーくしてもらえて、金貰えんだ。

 少しは、私に楽をさせろや! このクソガキが……。

 っても、児相とかが見てるとヤベーし……。

 当面、近寄んない様に言っとかねえとな……

 あーあ。やっぱ、こんなガキ、サッサと捨てちまうんだったかなー」


 くそ、ほんとにこいつ母親か? 魔族でもこんなにむごい事はしねーぞ……。

 なのにナナは……なんだってこいつをかばう?

 だが……もし今後、ナナを傷つける様な事したら……今に見てろよ!



 夕方になって、麻美は身支度をして、仕事に出かけた。


 って、おい! 私の飯は? 

 朝から何も食ってないぞ!


「おい、ナナ。聞こえてるか? 腹へったよ。どうすりゃいいんだい?」

「ごはん代は自分で稼げって……。

 高橋とかにお金貰わないと、ごはんが買えない……」

「おい! そんなの有りかよ! 娘に身体売らせて、それで飯食えって……。

 ナナ。やっぱり、あの吉村さんのとこに行こうや……」


「ううん。

 お母さんは、この部屋の家賃も水道代、電気代も……学校のお金も払ってる。

 ごはん代も服代も……自分のものは、やっぱり自分で稼がないと……」

「でも……この身体にはあたしも入ってんだ。

 それをあんなクソ虫に……うう、サブイボが立つ! ぜってー認めねえからな」


「でもそれだと……お金が貰えない……」

「ああ、もう。それじゃ、なんか真っ当な事してお金稼げねえのかよ!」

「親の許可が無いとアルバイトも雇ってもらえない……。

 お母さんも、昔はそうしてたって……こっちのほうが割がいいって……」

「まじかよ……」

 とは言え、この空腹はどうすりゃいいんだ?


 とりあえずその日は、冷蔵庫をあさって食えそうなものを引っ張り出してなんとか食べた。くそ、私は魔王様だぞ。なんでこんな残飯みたいなものを……。


 エリカは葛藤する。


 ナナではなく、他の肉体を使えばよかったのか? いまから変更出来るのか?

 それもそうだが、ナナ本人はもう死んでしまっているのだし、別にナナの事を気にせず、自分の好き勝手にやればいいんではないか?


 いや! それは違うぞ! 

 ナナの魂を絡め取っちまったのは、あたいにも非がある。

 だから、あいつの気持ちを全く無視するのは性に合わない。

 今のこの状況を改善する事は、あたい自身の生活環境を改善し、魂を絡め取ってしまったナナの思いにも報いる事になる!


 だいたい、この状況は、どう考えても全くおかしいだろ!


 いつか、機会を見て、ぜってー、あの母親の性根を入れ替えてやる!

 まあ、クソ虫共は、見つけ次第抹殺だが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る