第2話 転生魔王

 魔王エリカが、ナナの身体を拝借する事になる少し前。


 ナナがいた世界とは違う次元軸の異世界で、魔王エリカと人間の勇者パーティーは最後の決戦に臨んでいた。


「魔王エリカ。これで最後だ! マグマスラッシュ!!」

 勇者が必殺技を繰り出し、魔王エリカは見事に両断され、付き従っていた魔族達が悲鳴をあげた。

 

「ああー、魔王様――!」 


 そんな中、一人の老魔導士が手鏡を空にかざすと、両断された魔王の身体から光の球がポンッと出て、その鏡に吸い込まれたのだが、それに気づいた者は、その老魔導士以外にはいなかった。

 

「メガフレイム!」

 勇者パーティーの賢者が呪文を唱え、両断された魔王の身体を焼き尽くし、後には少量の灰しか残らなかった。


 残された魔族達は、蜘蛛の子を散らす様にその場から逃げ去ったが、その中にその老魔導士もいた。そして勇者パーティーは、数日間魔族の残党狩りを行った後、悠々と人間の王城に帰還していった。

 

 それからさらに数日後の真夜中、主を失った魔王城に例の老魔導士の姿があった。そして彼は、床に散らばった魔王エリカの灰を熱心に集めはじめる。


 しばらく作業した後、彼はあの手鏡を覗き込んだ。


「どうだ、魔導士デルリアル。私の身体は復元出来そうか?」

 なんと、手鏡には魔王エリカの姿が映し出されている。

 そう。デルリアルは、この手鏡に魔王の魂を吸いこんで保管していたのだ。


「はい、魔王様。この位、灰があれば、三年もあれば、魔王様の美しい肉体が復元できるかと存じますので、私めにお任せを……。

 ですが、先日ご説明致しました様に、この魔鏡は一時的な避難場所であり、魂を長く保存しておく事は出来ません。

 出来るだけ早く、実際の肉体に移られる事をお勧め致します。

 死んですぐの肉体があれば最適なのですが……」


「ふむ……それでは死神と連絡を取ってみてくれ。

 そうしたものは、あいつの所が一番情報が早いだろう……」


「御意」


 ◇◇◇


 こうして魔王エリカは、死神の斡旋で、ナナの肉体を手に入れた。

 でも……異世界の異種族でもいいんだ……とはちょっと思った。


 この世界の分からない事は、ナナの脳内記憶から辞書引きのように引き出せる。

 それで……会話はまあ問題なさそうだし、文字も読める。

 電車というものがある事や、その乗り方も分かる。


 だが、ナナ個人の事があまりよく分からない。

 自殺する位だから、もしかしたら本人もあまり思い出したくない様な事が多く、無意識下で封印されているのかも知れない。

 

 街に入って人通りも多くなり、やがて『片瀬江ノ島』と書いてある所に着いた。

 これが駅というものだな。それにしても、人間が多い……。

 道端にしゃがみ込んで、行き来する人の流れや、電車というものをぼーっと眺めていたら、後ろから肩をぽんっと、たたかれた。


「君。ちょっといいかな? 

 靴はどうしたんだい? それに、服もびしょびしょじゃないか。

 ちょっと、交番まで一緒に来てくれないかな?」


 誰だ? こいつ。

 慌てて、ナナの記憶をサーチする……ああ、警官というやつか!


 まっ、どこへ行く当てがある訳でもないし、いっか。

 そう思って、警官について、交番というところに行った。


 交番に入って、警官から質問を受けた。

「君、名前は? それと、学校もね」

「えーと。名前はエリ……じゃなくて来宮ナナ。学校は……何それ?」

「まったく……じゃ、住所は? 電話番号は?」

「うーん……わかんない」

「ふー。ちょっと持ち物見せてね。

 それで君、服貸すから先に着替えなさい。そのままじゃ風邪ひいちゃうし」


 そう言いながら警官は、女性の警官を呼んで、エリカを更衣室でジャージに着替えさせてくれた。脱いだ服が調べられ、中から生徒手帳というやつが出て来たので、警官がそれで身元を調べている様だ。


 お腹すいたなと思っていたら、女性の警官が、お茶とお菓子を出してくれた。

 何これ。鳩の形していて、甘くてすごくおいしい……。


「来宮さん。今、学校の先生とは連絡取れたけど、お母さんはまだ連絡取れていないみたいなんだ。あと一時間ちょっと位で、先生、ここに来るってさ。

 それで君……。

 さっき着替えた時確認させてもらったけど、体中傷だらけなんだってね。

 手首のそれも……カッターか何か? 

 何でもいいから、家や学校で困った事や嫌な事があったのなら、おじさんに話してみないかい?」


「はあ……でも、これ……なんでついた傷なのか分かんないです」

「そうか……言いたくないか……。

 おい、佐々木さん。児相に連絡入れてくれないか?」

 おじさんの警官が、さっきの女性警官に何か指示を出した。


 やがて、学校の先生という人がやってきたが、エリカは、出してもらったカツ丼が美味しすぎて、すぐ相手をする気にならない。と言うより、この人の事もナナの記憶にない。


「来宮さん。どうしたの……何かあったら先生に相談してくれればいいのよ」

 桂浜理恵と名乗った、まだ若い女性が心配そうに声をかけてくれたが、エリカには、正直、彼女が何を心配しているのかが理解出来ない。下手にしゃべっても墓穴を掘りそうなので、だんまりを決め込んだ。


「そうそう、来宮さん。さっき、お母さんと連絡取れたわよ。でも、今夜は新宿で遅くまで仕事なんで、迎えに来られないって……だから、あとで先生が家まで送ってあげるね」

 ふーん。そうなんだ。エリカがそう思った瞬間……。

 何かがズキンと脳の片隅でうずいた。



「こんばんわー。すいません、ご連絡いただいた児童相談所の飯島と申します」

 そう言いながら、ちょっと年配の女性が交番に入って来た。


 そしておじさんの警官と、先生の桂浜さんと、児相の飯島さんが、交番の奥の部屋で話し合いを始めた。

 エリカは、女性の警官に見守られながら、カツ丼の残りを懸命に食べた。

(こんなおいしい獣肉なんて、食べた事無いよ……)


 やがて、話合いが終わり、飯島さんがエリカに話しかけてきた。

「来宮ナナさん。今日はもう遅いし、電車があるうちにお家に帰りましょうね。

 それで、多分明日かな。あなたのお家のエリアを担当している吉村って相談員が、あなたとお母さんに会いに行くと思うの。その時は、辛い事や困った事、何でもいいから話してね」

 よく分からないが、とりあえず「はい」と返事をした。


 そしてようやく交番から放免され、桂浜先生といっしょに電車に乗った。


「ねえ。来宮さん。私……あの事、ちゃんと調べたからね。

 あれは多分、あなたの思い過ごしだから……なのであなたも、もう少しクラスに溶け込む努力をしようね。

 それで、今日のお話は、私からお母さんに伝えておくから。

 明日のお昼頃、児童相談所の人が行くから、あなたも学校に来なくていいので、お母さんとお家で待っててね」


 うーん。いったい何の事やら……。

 相変わらず、この辺のナナの記憶は閉ざされている。

 自宅が近づいている様だが、やはり、ナナの記憶からは何も伝わってこない。

 それよりも、頭の中のズキンズキンがだんだんひどくなっている様な気がする。


 もしかして、ナナの身体が、家に帰りたがっていないのか?



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