すれ違い。 イレギュラー

「……」

 ビルの屋上から屋上を軽々と飛び移りながら、しばらく追いかけていると、突然いつも愚痴ばかり口にする“ベリー”が静かになったので、リリーが、落ち着いた低い抑揚のないトーンで質問する。

「どうしたの?あなたらしくないね」

「なんか、ほら、あの子……左手の中指にリングをつけてる、それが時折ひかってるんだけど、あれ何なんだろう?」

「そうね、私もきになっていたわ、冷静な分析もできるのね、ベリー」

「クッソ、なんか腹立つ、初めから私はわかっていましたよって?凡人の私と違って秀才で洞察力が優れているあなたは、あなた以上の力をもっているっ……て」

「そこまでいってないじゃない……」

 アビーがそこで口をはさんだ。

「アレからは微弱な魔力しか感じない、おそらく、何らかのセンサーだろう、あれ自体は武器でもなければ、彼女のバイタルに関係するものではないと思うが」

 リリーがそこで割って入る。

「それにしても……」

「ああ、そうだな」

「何よ!!二人して、何がわかったっていうの!!」

 真面目な調子でリリーが答える。

「なにか大事そうに右手で隠すようにしている、よほど思い入れのあるものだろう、悪魔は“執着”の生き物だから、もしかしたら、“執着”している相手が例の“イレギュラー”の中にいるのかも」

 ベリーは左右を露出した胸元にてをかけて位置を直すと

「そう、じゃあ、やっぱり、イレギュラーって……私たちの敵かしらね」

 といった。


 トレトーは、老婆の部屋で、皆に向かって話をしていた。

「あいつは……昔馴染みというか幼馴染というか、男勝りなやつで、我の宮殿での友人だった、窮屈な貴族の生活において、やつが初めてできた友人だった、どこからともなくひょろっと現れて、夕方がくるといつのまにか消えている、幽霊かと思ったくらいじゃ、それくらいおとなしい奴でなあ、悪魔らしくなく、欲求に無頓着で、一緒にいると落ち着ける相手だったのだ……それがなあ」

「それが?」

 腕をくみながらセレェナが尋ねる。トレトーは周囲を見渡し所在投げにした。

「我と“夫婦めおと”になりたいといいだしたのだ、耳をうたがった、いったいどういうわけなのかと、しかし奴は強情だった、いままでになく強情に我をもとめた、その豹変ぶりは恐ろしく、まるで我の本当の両親のように、恐ろしい女の本性をあらわしたのだ」

 マリが母の手をにぎりながら尋ねる。

「何をされたの?」

「ああ……木にしばりつけられたり、強制的におままごとの土をたべられそうになったり、夜伽の真似ごとをしてがんじがらめにして添い寝をしたり」

 セレェナはやれやれという感じで頭かかえて左右にふった。

「我にはわからんのじゃ、あいつにもわからないはずじゃ、悪魔としてはまだ子供、なぜ奴は大人である事に執着するのか」

「そう……」

 マリは、唇に手を当てて考えた。そしてヘヴルの手を握ると、ヘヴルもまたうなずいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る