カリューナの記憶
その夜、寝ていると夢を見た。
薄暗い孤児院を駆けまわる。男の孤児が自分の靴を汚したからだ。暴力と報復、子供らしからぬ“秩序”できるだけ本を読み知識をため込んではいたが、男に負けては、“秩序”は意地できない。歴史は繰り返される不平等と暴力の報復で成り立っている。
《ガッ》
孤児院の前の通りで……いたずらをした男児の襟首をつかみ後ろから殴りかかろうとした時だった。手首を背後からつかまれた。
《グッ》
「やめて……やめたほうがいいわ」
振り返ると、9~10歳ごろの、自分と同じくらいの年端もいかない少女がそこにたっていた。だが、明らかにその外見から“住む世界が違う”という事が見受けられた。端正な美しい顔立ち、どこかラテン系っぽい顔立ち、瞳の色が美しく深みを感じ、目を合わせれば吸い込まれそうなほどの、大人びていてそれその物が言葉そのものを発しているかのような表現力に富んでいる。
「話して、こいつがかわいそうだっていうの!?こいつは男なのに、男連中の中で仲間外れにされてるからって、弱い女子にあたって、私だけじゃない……喘息を持つ子にだって……痛い目みせないとわからないのよ!!」
「待って!!」
「何よ!!あんた誰なの!!裕福そうな服を着て!!」
確かに、相手はおしゃれなオーバーオールに、青のピン止め、綺麗に左サイドの髪をあんで、ガムをかんでいる。私にはそんな時間も自由もお金もない。余裕綽綽な様子が余計に腹立たしく、また正義感から止められたであろうことが恥ずかしかった。
「違う」
「何が違うの」
ふと、その少女は、自分の拳にキスをした。
「え?あなたって、女の子が好きなの?」
「プッ……」
気づくと、男児は逃げ去っていたが、人から個人的な愛情を受けたのはほとんど初めてだったので、驚いて手を下ろして少女を見つめた。
「カリューナよ、よろしく」
「わ、私は……セレェナ」
ふと、二人は見つめあった。セレェナは、何か運命的なものを感じざるを得なかった。それと同時に、一瞬呼吸がとまってしまった。背景にアパレル店にだされた看板広告に、彼女の顔があったから。
「あなた……有名人?」
「ふっ、そうかもね」
思い出したようにセレェナは周囲を見回す。そして、カリューナの肩をつかんだ。
「それよりさっきの、どういうつもりなの」
「いや、だって、言葉でコミュニケーションとったほうが早いよ」
「それで通じる人間ばかりだと思う!?私たち低階層の住人は……」
そういいかけると、また、カリューナに手を掴まれた。今度は両手で。
「ねえ、あなたって……とっても俊敏で、そして感情に富んでいて……表現力にあふれていると思うの……だから、友達になって“いい大人”を紹介しようかなって」
「じ、人身売買!?」
「プッ!!!」
カリューナはふと名刺をだすと、セレェナに渡した。
「私のお兄ちゃん、映画監督なの、まあそこまで有名じゃないけど、映像関係には顔がきくから……一緒にはたらけたらって、心配ならちゃんとシスターを交えて、ちゃんとした契約をじっくり結びましょ」
「で、でもなんで……」
「簡単よ、あなたが気になったから」
突然、カリューナは、セレェナの前髪をかきあげ、自分のおでこをあてた。セレェナはひるんだ、こうしたスキンシップにはなれていない。しかし、セレェナのその頃から優れていた“五感”は、彼女が善人であると告げていた。突然、カリューナは左腕の時計に目を通す。
「あら、こんな時間、いかなきゃ」
「え?もういくの?また会える?」
カリューナはにっこりと笑った。初めてだった。同年代の子とおしゃべりしたり、遊んだりしたいと自分からおもったのは。いつもは年下のお世話をしてあげるばかりだったのに。別れ際、ずっと彼女を見送っていると、ふと彼女が振り返って大声でいった。
「あなたは食べちゃいたいくらいかわいいけれど、私はレズビアンじゃないわよ~、あいつじゃなくて、あなたの美しい手の方を心配したのよ」
セレェナは赤くなって自分の手をみる、こぶしには、これまでつみあげてきた傷や生傷が刻まれていた。
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