So tragic
「おねえさん!おねえさんだ!うわぁいおねえさんだぁ!!」
「久しぶりね。元気にしてた?」
「うんうん!めっちゃ元気だった!お姉さんは?向こうでお医者さんになったって聞いてたけど」
「まだ研修医だけどね。そちらは……?」
「あ、初めまして。彼女の友人というか、です」
「よろしくね」
威嚇する子ザルのように飛び回る彼女と違い、僕は石膏で固められたかの如くカチコチになっていた。
彼女の思い出話には聞いていたが、こうして実際に会うのは初めてだ。なんというか、芸能人のようなイメージを勝手に持ってしまっていた。他人の思い出の中の人物って、そんな気持ちにならないだろうか。
しかし、目の前にいるのは普通の人だった。いや、普通の、というと正しくはないな。聡い人なんだろうな、というのが雰囲気でわかる。頭いい人=眼鏡という勝手なイメージとは違ったが。
そんなアホらしいことを考えていると、お姉さんとやらが声を落とした。
「思い出を訪ねるんだってみんなには言ってあるけど、本当はここに用があってきたの」
「ここに?」
「裏の桜の話をしたら、先生が興味を持ってね。内密にサンプルをもらえたら助かるの」
「桜?なんぼでも持ってっていいよ!」
「ありがとう」
お姉さんは、毒物でも入っていそうなごつい瓶に、例の桜をいくつか入れて、もう一本の瓶に根元の土を入れた。
「なにかわかったらすぐに連絡するね」
「この桜に何かあるの?」
「もしかしたら、忘却の原因がこれにあるんじゃないかと思って」
「これに?」
「全然わからないんだけどね。なんでも調べてみたいってだけ」
「そっかぁ」
それからお姉さんは彼女と思い出話をして、なんとなく帰るタイミングの被った僕と一緒に駅まで行った。
「それじゃあ、この辺で……」
「あの子、忘れ始めてるでしょう?色々」
「え?」
「お願いがあるの。あの子を、あの桜に近付けないで」
「え、どういう……」
「伝承や言い伝えにも、必ず理由はある。ミツバチが雨の前に低い空を飛ぶのは、湿気で羽が重くなるから。あの桜にだって、きっとなにかあるから」
お姉さんは重そうなスーツケースを引いて、改札の向こうへ消えていった。重そうなのは、荷物だけじゃなくて、色々複雑な気持ちが入っているんだろう。
駅へ来るまでにたくさんの人に話しかけられた。耳に障る、悪意のない噂話や世間話、他人を探るような言葉。密度の高いそれが、僕は嫌いだった。
直に刺さる視線を全身に浴びながら、僕も帰路についた。
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