懐古:入道雲と綿菓子と



「あれ?今日はクロスワードパズルじゃないんだね」


とあるカフェのテラス席で、私はいつもの友人を待っていた。


テラスの屋根を突き抜ける陽光が遮られ、柔らかいが私の手元を覗き込んだ。


私の光だったのだ。


「なんだこれ?難しいことしか書いてない」

「受ける大学、変えようと思って」

「へえ?なんでまた」

「親の敷いたレールを歩きたくないだけよ」

「あはは、それ妹にも言ってやりたい」

「言ってやれば」

「覚えてたらね」


専門書を閉じて、光に向かう。


光の降る中では、気を紛らわす何かなど必要ない。


私たちを傷付けるだけの閉鎖空間の声なんて、気にしなくていい。


無遠慮なや絆だなんて名前の鎖は、光には届かない。


そんなものは、断ち切られてしまえばいい。


「お祭り、いかない?」


よくわからないことを祝う祭り。内容的に、やるなら春じゃないのかと思うのだが、どうでもいいので詳細は知らない。


ただ、一緒にいられたらそれでいいと思ったのだ。


「綿菓子がね、好きなんだ。あれ、紅茶に入れるとなんかいいんだよね」


あやふやなその物言いも、世界から浮いてるのかと思う色素の薄さも、それ以外の表情がないのかと思う笑顔も、なんだって大事だった。


ゴミの集まる祭りなんかに行きたいと思ったのも、大事だったから。


日の暮れるのを一緒に待って、夕焼けを追うように祭りの場所へと向かう。


夜の場所に、星ではなく提灯の光が連なっていた。


「あった!綿菓子あったよ」


綿菓子だけを二つ、三つ……五つも買い、両手がいっぱいになっている。


「一個どうぞ!」


私はそれを、腕から提げた。もう食べてるそいつが「食べないの?」なんて訊いてくるけど。


「紅茶にいれるといいんでしょ?」

「そうだった!そうそう、試してみて。なんかいいから」


気の抜ける言葉にめずらしく笑って、手元には綿菓子ひとつ。


次はラムネだとか言ってる背中を見て。


いつまでもこの時間が続くと思っていた。


ただ、私はいまでも、綿菓子を紅茶に入れる。


すききらいでなく、ただ、あの頃の幻が帰ってくるような気がして。


「あっま」


夕焼け空の入道雲みたいだ、なんて思った。


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