かざはなや



ぎゅい、ぎゅい、と雪を踏みしめる音がする。


気温が低すぎて、雪が鳴くのだ。


砂にもそんなことがあったっけ、と、「鳴き砂」を思い出していた。


暑い砂漠なんて、なんて縁の遠い。


無音になった真っ白な世界で、塵を核に咲く、質量をもった氷の花の積もる音だけが微かに聞こえていた。


冬の夜は赤く明るく、たまに恐る恐るといった感じで過ぎ去る自動車が、静寂に罅を入れていった。


田舎とはいえ、コンビニエンスストアは24時間営業している。そして残念なことに、大抵は知り合いが店員をしているものだ。


「あれ?こんな時間にめずらしくね?」

「うん。頼まれものでさぁ」

「へー。お菓子ばっかじゃん。宴会?」

「まあそんなとこ」


外とは正反対な店内の暖かさと賑やかさに、やや汗ばんでくる。暖房、絶対もう少し弱くていいのに。


「お前さあ、まだあの廃校通ってんの?」

「え?うん。色々あって」

「へぇ~」

「なに?」

「ほら、あの廃校の裏山って、ミンゾクガク的な怪談的なアレがあるらしいじゃん」


暖房の暑さに脳をやられたのかと思ったが、こいつはもともとそういうやつだ。そもそも、中学の同級生ではあるが、別に仲がいいとかそういうのではなかった。むしろ苦手だったんだが。それでもいつしか、こうして「なつかしい」などと言って話してるうちに、意外と親しくなったりしたんだ。


「親父がそういうの好きで本とか集めてたからさ、今度聞いとくよ」

「さんきゅ。じゃあ、また来るわ」

「じゃーな~。雪道滑んなよ~」


暖房を弱めた方がいいもう一つの理由がこれだ。


「さむ……」


店を出た瞬間が寒すぎて、あれだけ鬱陶しがっていた店内が恋しくなってしまう。


「裏山の怪談ねぇ……」


田舎というものはやっぱり世間と時代のズレがあるもので、ここでも土着なんたらとか、民間なんたらとかが信じられていたりもする。否定されつくしたような心霊なんとかでさえ、ここでは未だに猛威を振るっている。


まあ、あれこれ言ったがつまり、地域丸ごと、頭が固くて時代遅れなのだ。


そんなところからいつまでも出ていかない僕も僕だが、そういう単純な話でもない。


僕の青春はここにあったし、生まれも育ちも、つまり僕の世界の芯がここなのだ。


出ていってあれこれ噂されたり、帰ってきてあれこれ噂されるのも疲れる。


兄がそうだったからよくわかっている。だから、僕は出ていかない。


「そういえば兄貴が最後に帰ってきたのっていつだったか……」


年の離れた兄は、「知らないヒト」というイメージが強かった。


まだ記憶も残らないくらい小さな時に家にいて、物心つく時には家を出てしまっていたから。


だからたまに帰省して親し気に話しかけられても、ぶっちゃけ「知らないヒト」なのである。あんまりわかってくれる人はいないけど。


だから、「俺が家を出るときはおまえ号泣しててな~」とか言われてもなんのことやら、なのである。


「なんだかなぁ~……」


冬は昔のことばかり思い出してしまう。


ああ、彼女と出会ったのもこんな時期だった、と、毎年反芻しているような気もする。


「早いとこ帰ってストーブとかこたつにあたりたい」


こんなに雪が鳴くのだから、ちょっとくらい走ったって平気だ。


不思議だ。雪が雪じゃないみたい。


蹴り上げてみればさらさらと咲いて落ちる。


ばしゃばしゃと、浅瀬の雪を泳ぐように走って帰る。


ガラにもなくくるくる回ってみたりして。


オレンジ色の街灯が、足元に青い影を落とす。


思い出を映しだそうとでもいうように、郷愁を誘う。


「帰ろ帰ろ」



「プリンが凍ってる!!」

「寒かったから」

「寒かったからって凍るなら冷蔵庫のプリンはみんな凍る!!」


袋を振り回しすぎたのかプリンが凍っていたらしく、僕が彼女に怒られたのは言うまでもない。


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