白息吐息
それはまるで、鏡面のように。
某年、大晦日、明け方。
僕はいつものように、廃校となった建物の一室にいた。
その建物は、元はもう大分顔なじみとなった彼女の祖父の持ち物で、今は彼女が管理しているそうだ。
詳しいことは分からないけど。
そう、それで、どうして今日大晦日という日にここに居るかというと、彼女に大掃除の手伝いを頼まれてしまったのである。
度々業者を呼んだりして掃除はしているが、今日は自分の手で全部を掃除しようと決めたらしい。1週間くらい前から掃除していたが終わる筈もなく、今日やっと僕を呼んだと聞いた。
「こういうのは計画性が大事なんだよ。どうしてもっと早くに呼ばなかったのさ」
「いつも暮らしてると場所を覚えちゃってそんなに広いと思わなくなってくるから」
「いけると思ったの」
「いけると思った」
吐く息が長くなる。そしてふと、"開かずの間"のことが気に掛かる。彼女は板を打ち付けてあったあの部屋を、恐らくアトリエであったはずのあの部屋を、開けたのだろうか。
彼女が絵を描かなくなってから閉じられたのであろう、あの部屋を。
なんて。そんなことを訊ける筈もなく僕はただ、掃除の終わっていない箇所を訊いていた。
「なんだ、もうほとんど終わってるんじゃないか」
残るのはいつも使っている一室と、その近隣のいくつかの教室だけ。
「どうしてもな、綺麗にしたいと思ったんだ」
いつも賑やかで慌ただしい彼女の、いつになく落ち着き払って透き通った声。
それなのに僕は不安を隠しきれなくて。
「どうしたの今年に限って」
いつも落ち着いてしづかな筈の僕の、震えきって濁った声。
僕の不安は、僕の不安は。
「業者にたのんでもな、机はピカピカにはならないんだ。床なんかはワックスもかけられてピッカピカになるんだ。でもな、いつも使ってるやつとかの机はな、そのままなんだ。埃で薄ら白く見えるのがなにか悲しくて、今年はピッカピカにしてやろうと思った」
一心不乱に机を磨く彼女。そうだ。良くも悪くも、僕の予想はいつだって彼女にあっさり簡単に裏切られる。
まるで鏡面のようになった机。
その表面に映る僕の顔は、きっとなんともいえない表情をしているに違いない。
そんなことを考えながら、朝日が差し込んで白み始めた教室の掃除を始めた。
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