空影



秋の日はつるべ落とし、なんてよく聞くように、夏が去ったあとの午後は、世界がレトロに染まっていた。僕らの顔を覗き込むように傾いた陽は、昼の光よりも眩しく思う。


ただ、何をするでもなく。かつては校庭だった外の落ち葉を集め終わると、彼女は火を点けてサツマイモを焼いていた。僕はただ、箒を持った手に顎を乗せて、影の増えていく校舎を眺めていた。


金色。その時突然強い風が吹いて、集めた落ち葉の一山が宙に舞い上がった。火の点いていないそれらは、夕日を乱反射してきらきらと光っていた。掃除のやり直しを思ったのか、不機嫌な顔を上げた彼女は、驚いたような表情に変わり、秋のプリズムをその瞳に湛えた。


「光の蝶が空に帰りたがっている」


そう呟くと、火の点いた落ち葉の山(サツマイモ入り)を放って、物凄い勢いで校舎へ走って行ってしまった。風は、火の点いた葉をも打ち上げ、空中で燃え尽きる。

僕はしばらく、火が消えていくのに比例して暗くなっていく空を眺めていたが、建物の明かりが目立ち始めたのを見て、後片付けをして校舎へ入った。


焼けたまま、まだ熱い芋をバケツに入れて彼女の姿を探す。

明かりの点いていた部屋に入ると、彼女は大きなキャンバスを前に絵を描いていた。


とても抽象的な絵だが、いくつか読み取れる物もある。

赤い空へ、光を散らしながら昇って行く蝶たち。下方の二人の人影。形的に、おそらく僕たち二人だろう。


僕が入ってきたことも気付かないほど集中しているようだ。

焼き芋のバケツを傍の机に置くと、匂いに反応した彼女が振り向いた。


「芋!忘れてた!」

「忘れてたじゃないよ、僕がいなかったら火事になってたかもしれないんだから」


僕の小言なんて耳に入らないようで、既にまだ熱い焼き芋を食べていた。


「珍しいね、絵を描くの」

「わたしのハートは再構築されつつあるからな」

「なにそれ」

「カサブタ」


バケツいっぱいの焼き芋を食べながら意味のわからない会話は続く。


絵を描く道具らしいものが増えてきた中で、僕は彼女が前に言っていたことを思い返していた。


『わたしのかいたえがわたしをくるしめる』


その言葉も。きっとアトリエ代わりであった開かずの間も。お兄さんのことも。


彼女は失われつつある。


ふとそんな思考が頭を過り、焼き芋を食べ終えた彼女が再び絵を描くのを、僕は直視出来なかった。



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