ダビング
「なにこれ」
部屋に入るなり目に入った、およそこの部屋には似つかわしくないモノに驚いて声を上げた。
そんな僕に眉を寄せた彼女は、可哀想な物を見る目で説明をしてきた。
「これはな、テレビって、いうものだ」
カチンときたが、知ってる、とだけ言って訊き直した。
「それが何か、じゃなくてそれをどうして手に入れたのかって話だよ。まさかとは思うけどゴミ捨て場から拾ってきたんじゃ……」
綺麗ではあるけれど新品には見えないし。
すると彼女はアホかと一喝してから由縁を語り始めた。
「うちの、あ、実家の方な。そっちで新しいテレビを買ったからさ、もらってきた。もらってきたはいいが……」
嬉しそうな顔から一転、不満げな顔になる。
「アンテナはやってくれたんだが配線がどうしてもできない」
それでか。今日来た時から異様に散らかっていた訳が分かった。
部屋の真ん中辺りの床には前まで使っていた小さめの重そうなテレビが置かれていた。あとは線やら箱やらエアーキャップやら発泡スチロールの欠片やらがばらばらに散らかっていた。
「ちょっとかして」
家でもテレビを設置したりはしていたのでこれくらいは簡単だ。
設置を終えて、以前の物より大きな画面に映像が出ると、彼女は初めてテレビを見たかのように喜んでいた。
それはなにより、と、言いかけてある違和感を覚えた。
「…………」
あ、と思った。古い。見たところかなり新しい型のものなのに、映っている映像が、古い。
「再放送?」
ごく普通の感想を述べるも、あっさり否定される。
「実はな、私は不思議な物が好きだ」
腰に手を当てた、所謂『前へならえ』の一番前、の格好でふんぞり返った。
言われなくとも薄々感づいてはいた。隠そうともしないし。お蔵入りを譲ってもらったり変な置物があったり。
「でな、家で新しく買ったテレビがしばらくしておかしくなったから、また新しいのに買い替えたんだそうだ」
「大きいテレビだし家計が大変そうだね」
「実際痛い出費だったそうだが父のへそくりを発見したのを思い出したそうで……うなだれてた」
ああ。可哀想なお父さん。会った事はないが丸まった背中が目に浮かぶようだ。
「でも、これじゃあ今放送されてる番組観られないんじゃないの?」
「うん。だからこれをあっちに移動して欲しい」
前よりテーブルに近い方を指差す。うーん、したたかだ。
「母がな、さすがに父がかわいそうだからなんとかしたいって言っててな」
僕がテレビを設置し直していると、ドラ焼きを食べ始めた彼女が暇そうに言う。
「今じゃ再放送すらしてないドラマとかが映ってる。観たくても見られない人とかいっぱいいるだろ?」
まさか。
「市販のビデオに録画して、オークションかなんかで安価で譲ってやろうと思ってな。ほら、父のへそくりのためにもな」
勿論、彼女にとっての安価なのだろうということには突っ込まないでおこう。
「で、そのテレビはどうしてこうなったの?」
今日一番訊きたかった事を訊いてみた。しかし彼女から返ってきたのは。
「さあ」
その一言だけだった。
「言っただろ?私は『不思議な物』が好きなんだ」
わかってしまうものは不思議じゃない。そう言って笑うのだった。
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