シュガーソルト



「日常はカフェオレだ」


彼女は半分ほどになったカフェオレをテーブルへ置くと、そう言った。


「そうだねおいしいね」


彼女が休んでいるのを横目に、僕は夏の日差しを避けようとカーテンを簾に替えているところだった。


「……日常の中には、必ず楽しいことと悲しいことが混ざっている」


グラスに入った氷を溶かすようにストローで混ぜ続けている。結露した水滴がテーブルへと流れ続けるので、ちゃんとコースターを使って欲しい。


「どうして悲しいことなんてない日が来ないんだろう。小さな事でもいいから、いいことだけの日があったっていいのに」

「……いいことだけだと、上がり続けるしかないよ。前よりももっと、前よりももっと、とより大きないいことを求め続けることになる。それはもう不幸というものに変質してしまっているんじゃないかな」


彼女がストローを取り落とし、カフェオレがテーブルに飛び散った。テーブルの掃除がどんどん大変になっていく気がする。当の彼女は驚いた顔のまま固まっている。


「なん……なんてことだ……じゃあずーっと不幸だったら?もっともっと不幸になるの?」


実際はそんなことはないのだが彼女には大袈裟なことを教えておこう。


「そうだね。最終的には絶望して自我が崩壊するかもしれない」

「じゃあやっぱりいいことの他にちょっとは嫌なことがあっても我慢できるかもしれない」


(――――だから人間は、忘れる生き物なんだよ。)


そう言いそうになったのを、なんとか留めた。これは、なんだか口に出してはいけない気がして。


「君の言うとおり、日常と言うものはブラックでもミルクでもなくてカフェオレで、それでいいのかもしれないね」

「待て!ガムシロップはどうなる!?」


そう言って立ち上がった彼女がとうとうグラスを倒した。テーブルから床へと流れていく液体に、僕は肩を落とした。


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