懐古 とても前向きな過去



これは、今から一年ほど前の話。


兄が旅立ってしばらく後、


「お線香、あげに来たんですが……」


憔悴し切った表情で、私も知ってる、兄の友達が来た。

彼女じゃないのが不思議なくらい、兄にはかけがえのない人だった。

出掛けると言えばいつもこの人と一緒で、私も、もう少し経てばこの人が義姉になるものだと思っていた。


「ねえお姉さん、こっちに来てお茶しよう。久し振りに、お話してほしい」


兄がおかしくなってから家に来ることが少なくなっていたお姉さん。

それでも毎日兄と会っていたので、きっと一番兄を知っている。


まだ中学生だった私を疎ましがることもなく、大学生だったお姉さんは色々な話を教えてくれていた。

クロスワードの話、今勉強してることの話、将来の夢の話、私の話、そして兄の話。


お姉さんは大人しそうで口数も少なく、それでも話すことが全て面白かった。

話し方がとても上手かったんだと思う。


居間のテーブルに緑茶とお茶菓子を運んだ。

兄の帰りが遅かった時はよくこうやって話しながら一緒に待ってたっけな。


「あの校舎、継ぐんだって?おじいさんから聞いたよ」

「うん。私や皆の母校だし、失くしたくないの」

「そっか。何か困ったら言ってね。これでも経理とか得意だから」


自分だって悲しいはずなのにあくまで私を気遣う姿勢に目頭が熱くなった。


「ねえ。兄さんのお話して。去年の兄さん、あんまりいなかったから分からないの。お姉さんも分からないかもしれないけど……」

「ううん。多分、家族よりも知ってるかもしれない。憶測だけど」


寂しそうに笑うお姉さんは、多分私と一緒で思い出を共有したかったんだと思う。

私だって、お姉さんが望むなら思い出全て共有したい。


「最後の方は、王子様か天使みたいだった。私を、迎えに来たのかと思うくらいには」


そこからお姉さんの見た晩年の兄の話を聞いたり、私の見た兄を話したり。


どうやら兄は思ったよりふわふわとした人生を送っていたようだ。

家での兄よりも人生を謳歌していたようにも見える。


「よかった。今日あなたに会えて」

「私も。お姉さんに会えてよかった。ねえ、兄さんがいなくてもこれからも遊びに来てくれる?」


お姉さんはいつも、本当に優しい顔をして笑うんだ。


「勿論。お兄さんに会うためだけにここに来てたわけじゃないんだからね。あなたやお母さん、お父さんとも話せるのが、すごくすごく、楽しいの」


くすぐったい気持ちになった。

兄はいないのに、ここにいるような気がしてきて。


「お姉さんは、ほんとに兄さんが大好きなんだね」

「うん。大好きよ。今でも」


そういって今までで一番綺麗な顔で笑った。

前向きな過去に、私はとっても嬉しくなったのだった。


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