差し色、不安定




季節、夏。天気、快晴。

場所、いつも通りの部屋。


「お前結局大学受かったんだっけ」

「それを訊くなら暇だからと合格発表に付いて来たのは一体誰だったんだ」

「そうか落ちたのか」

「現役大学生にそれを言うか?」

「おなかすいたな」

「今だって大学の課題やってるんだよ」

「はー、暇だな」


聞いてない。


「ところで君はどこの高校通ってるんだっけ」

「通ってないぞ」

「は?」


聞き間違いだろうかそれとも冗談だろうか。いや、偏見はよくない。


「通ってない」

「え、じゃあ毎日何してんのいつ来てもいるけど……」

「管理人とか」


管理人。そういえばここの建物はこの子のだったっけ。


「あれ?親御さんとかはいないの?」


いつ来てもいるくせに、親らしき人には一度も会ったことがない。気がする。


「いないけど」

「……悪いこと聞いちゃったかな」

「畑とかあるから山の方にいる」

「くっそ騙された気分だ」

「私は管理人しながら高校なんて通えないからここにいる」

「なんで通いながらできないの?あ、広いから掃除とか?」

「掃除ならたまに業者呼ぶ」


???いまいちいつもより会話が噛み合わなくて合点がいかない。


「セキュリティ的な問題?」

「………………」


なんだこの間は。


「……そんなところ」

「そうなんだ。それもセキュリティ会社に任せればいいのに。費用とか?」

「色々儲かってるから費用は問題ない」

「の割には冷蔵庫に何も入ってなかったりするね」

「あまり出歩かないからな」

「確かに」


僕がここに来るのがほとんどでどこか行くなんてほんとに珍しい。

あれだけ行きたそうだった海も行ってないし、かろうじて夏祭りには参加してたような。とても顔が広かったことに驚いたんだったか。


「出不精」

「うるさいあまり出れないんだよ」

「え」


しまったという顔をする彼女。どうやら何か口を滑らせてしまったようだが、僕には分からない。


「ふーん、まあいいや。とにかくさ」

「なんだ」

「鯖を生でかじるのはやめたほうがいい」

「おいしい」

「やめなさい」


それからちょっと思ったことを言ってみた。


「卒業して職がなかったらここで働いてあげてもいいよ」


そうしたら、彼女の負担も減って、外に出られないなんて寂しいこと言わずに済むんじゃないだろうか。

今日の彼女はよく表情が変わる。驚いたと思ったらなにやら表情を二転三転させたあと笑って。


「時給は限りなく安いぞ」

「時給制か。どのくらい?」

「さば2ひき」

「やっぱり考え直すよ」

「じゃあ5さばで」

「それ単位じゃないし!」


そうしていつものように、僕が帰る時間まで笑い合っていた。


彼女がここをあまり出れない理由こそが彼女を苦しめることになるなんて、この時の僕はまだまだ知る由もなかったのでした。



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