懐古 六月の快晴




クロスワードの残りページが3頁を切った。



「しまった、昨日本屋で買おうと思っていたのにすっかり忘れていた。」


今から買いに行ったんじゃ確実に遅れる。

たまには、30分前には来てるらしいあいつをびっくりさせようとそれより早く来たのに。

これじゃああいつのことも馬鹿には出来ないとため息をついた。

もっとも、馬鹿に出来たのも最初の数日だけだったのだが。


最近じゃ自分の携帯を置き忘れたり自分の家の場所まで忘れる始末。

ただ家族のことなどはあまり忘れてないから大事なことは忘れ難いのかもしれない。

明日には私のことを忘れていたらどうしよう。


私は臆病で弱虫なくせに人一倍強がりだから、大事な想いは何一つあいつに伝えられない。

そうしているうちにいなくなったらどうしよう。


ああ、集中する物がないとこんなにも思考が乱れる。

ネガティブな想像が止まらなくて、とにかく残りを解いてしまおうかと思う。

こんな風に考えてしまうのが嫌だからずっとこれを解いているのに。

何も考えないように。何も見ないように。

無論これは逃げでしかないのだが。


そうこう考えているうちにあっという間にページがなくなった。

最近じゃ解くスピードが上がりすぎて手応えがなくなっている。

そろそろ何か別の物を見つけた方が良いんじゃないだろうか。

ページが無くなったせいで普段は気にしない無駄な思考が頭を占めていく。


時計を見る回数が増える。

せめて、あいつさえいればいいのに。

最近、一緒に居る時間に手が止まっていることに気付いていた。

自分の中の存在比率が大きくなっていることにも、人と話すのが好きじゃない私が自分から話し掛けるようになったのも、全部気付いていた。


ただ、大切なことだけ。


何回目かに時計の方を向いた時、あいつはやってきた。

いつもあいつより遅く来る私が既にここに居るのに驚き目を丸くしていた。

その間抜け面に、すっと落ち着いて行く私がいた。

待ち合わせの時間よりは早いが、手に何かを持っているから、寄り道でもしたのだろう。

きっとかなり早く出たのだろうな。私もまだまだといったところだろうか。


「早いんだね、僕が遅かったのかな?」

「いや。成功したからいいんだ。それよりなんだそれ」

「成功?まあいいや、じゃーん!」


持っていた紙袋から出てきたのは、私が愛用している出版社のクロスワードパズル。


「なんで……」


「昨日やってた時ページ少なかったから。いつもなら一緒に居る時に買うのに買ってなかったからもしかしてと思って。はい、プレゼント!」


「……あ、あり……がとう」


覚えていた。私ですら忘れていたことを、こいつが。


「今日、鞄どうした」


手には財布と紙袋。


「あっ」

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