空白の四時間
じりじり、じりじり。蝉は鳴き、日焼けした子供たちはプールの帰りなのか浮き輪を持って走り回り。
太陽は濃い影を作り出し、道路は陽炎を放つ。嗚呼、景色が揺れてるな。
そんなどうでもいい事に想いを馳せ僕は、本屋の店先で彼女を待ち。
「……おっそい」
僕がこうして彼女を待ち始めてそろそろ二時間が経過しようとしていた。
過去最高の気温を更新した今日、自販機で買った飲み物は三本を超え、タオルは濡れタオルに変化しつつあった。
遅い。事故にでもあったのだろうか。彼女の顔を思い浮かべる。
寝坊、遅刻常習犯という言葉を思い出した。
まさか寝てるのだろうかまさかな。遅れがちな彼女に考慮して時間を遅めに約束したのだからそんなわけないだろう。
そう思いつつも僕は無意識に携帯を取り出して彼女の携帯に発信していた。
発信音。発信音。発信音。
留守番電話ギリギリのコール数で彼女が電話に出る。
「……もしもし誰ですか新聞と宗教はまにあってます」
寝てた。こいつ絶対寝てたこれ寝てただろ。
「今何時」
不満を隠しきれない声で皮肉を込めて訊くと、息を呑む音が聞こえた。
「至急向かう、その場で待つように」
ばたばたと走りながら(恐らく支度しながらであろう)、揺れる声が電話越しに聞こえる。
「待ってるから出来るだけ急いでよね」
そう言って電話を切る。
じりじり、じりじり。蝉は鳴き、一番暑い時間帯、人気は一気に少なくなり。
太陽は濃い影を作り出しつつも最上に位置し、道路は陽炎を放つ。嗚呼、景色が揺れてるな。
そんなどうでもいい事に想いを馳せ僕は、今もまだ本屋の店先で彼女を待ち。
「…………おっそい」
僕がこうして彼女を待ち始めてそろそろ四時間が経過しようとしていた。
彼女はまだ来ないのだろうか。
地獄の暑さに、項垂れた、その時。
「すまん言葉も無い」
全力で走ってきたであろう息を切らし汗を流している彼女を許しそうになり、彼女が手に持っているものを見て眉間にしわが寄る。
どこに寄り道してきたのか溶け始めているかき氷を持っていた。色から見るにおそらくいちご味。
「…………遅れといて……かき氷……」
あまりのことにそれしか出てこなかった。
踵を返して帰ってしまおうかとも思ったその時、鼻先にひんやりとした空気を感じて顔を上げる。目の前にかき氷。
「お前に……買ってきた……いっぱい待たせて暑かっただろうから……」
息も絶え絶えにそう言う彼女を誰が責められただろう。
「だから、いちごだったのか」
彼女はいつもメロン味を食べるから。僕がいちご味を好きなのを知ってるから。
受け取って、すまなそうな顔をする彼女に笑いかける。
「走ってきて暑かったでしょ、一緒に食べよう」
「ごめんな遅れて」
それだけで許してしまう自分に、僕はとことん彼女に甘いのだと思った。
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