懐古 ひかるさかな



死んだかと思った。


海に入ったと思ったら全然浮かんでこなかったから。

いつもなら馬鹿みたいに遠泳とかいって周りに汚い水飛沫浴びせながら何かの寿司にされる魚みたいにザブザブ泳いでるくせに、今回は私が砂浜に座ってクロスワードを2ページ解いても上がってこなかった。


「海に来たのに泳がないの」


生憎私はあなたと違ってさかなじゃないので。しょっぱい気持ち悪い水に浸かってふやけるよりさらさらのあったかいとこに座って好きなことしてる方がいいのです。


「海きれいだよ、水の中から空とか太陽を見ると超きらきらしてる。大発見」


海中から太陽なんて見ても楽しくないだろうし目に染みるし。

「私は砂浜からあなたが泳いでるのを見ます」という言葉はちょっと飲み込んで。

泳ぐのが上手とは言えないのに人一倍どころか二倍も三倍も十倍も好きなあなたはまた海に向かう。


私はあなたの水の音を聴きながらページをめくる。

ふと、不機嫌が顔を覗かせた。なんだかおかしいぞと手を止め、八つ当たりでもしようかとやつを探すと同時にその原因に気付いた。


音が、水飛沫が止んでいた。


「しまった」


一気に血の気が引いた。二番目に大好きなクロスワードを放り投げて一番大事な物を救出しに向かう。

嫌いな気持ち悪い水に浸かる準備をして助走で勢いつけて飛び込んだ。



嘘吐いてごめんなさい。私はあなたよりずっと速い魚でした。



水飛沫を上げずに泳ぎながら最悪の事態にはなっていないことを祈る。

とりあえず影を探そうとしてすぐに見つかった。


「ばかだ」


口からいくつかの泡が漏れた。

やつは仰向けに気絶していた。

どうも、ずっと太陽を見ていたらしい。ばかだ。


いつか習った人工呼吸で飲んだ水を吐いたこいつはすぐに目を覚ました。

嫌いな海に入るほど大事だと気付いて腹が立つからとりあえず拳骨をおみまいしとこう。


「私から見えないくらい遠くに行くんじゃない馬鹿が」

「ほんとはさ、どのくらいで心配して海に入って探してくれるか試してみようと思ったんだけどね、うっかり。息の限界で上がろうと思ったんだけど何か悔しくてつい。でもなんか得したような」



言いたいことがいっぱいあったけど、あまりにも無邪気な笑顔に全部飛んでった。

どれから説教してやろうかとも思ったけど無事だったのに安堵したけど。



とりあえず殴った。




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