第58話 決意

「一応、僕もその中にいるかもですよー」


「って言うか、レガルド……。あなたどうしてレッドベリルに逆らったのよ?」

「いやぁ、だって普通に喰われたくないですし……」


「……まぁ、そっか。それは嫌よね。でも結局のところ、あいつは何をしたかった訳?」

「だから言ってたじゃないですかぁ。神殺しの武器を創らせたかったんですよぉ……。多分ですけど、術式が壊れる前に神殺しの武器でレッドベリルさんを滅ぼしてたら、仕込んでた術式が発動して、レティシアさんの精神が乗っ取られていたはずですよ?」


「多分ってあなた……適当過ぎでしょ……」

「いや、詳しいことは聞かされてませんでしたし……。レティシアさんの命術めいじゅつを喰らってその術式が破壊されちゃったんで、僕らを喰って神星力しんせいりょくを取り込んで再度、術式を張ろうとしたんでしょうねぇ……」


「そんな他人事みたいに……」


 レティシアは思わず苦笑いしてしまう。こんなのが神人しんじんなのだから世も末だ。

 そこへファルとニャルが飛びついてきた。


「ファル、ニャル。ありがとね。ファルは外から結界を張ってくれてたんじゃない?」

「そうだよマスター。でもそこのおじさんも手伝ってくれたんだねー」


 指差されたスキッドロアが苦笑いしている。


「ニャルは役に立てなかったー!」

「ニャルはいいのよ。存在が正義なの。可愛いからOK」


「やたーーー!!!」


 ニャルは何故か、万歳をして喜んでいる。可愛い。

 レティシアは立ち上がると、離れた場所で遠くを眺めている人物に近づいた。ダタイである。


「ダタイ……」

「レティシアさん。私はあなたに合わせる顔などない」


 ダタイは振り向くこともせずにきっぱりと言い切った。


「仕方なかったのよ。あなたは亜神あしんに利用されただけだわ」

「違うよ。私は《命晶石めいしょうせき》を持って、あなたに近づいた。そして信用させておいて裏切ったのだ。それは私の意思に他ならない」


「でも、あなたはあたしたちを攻撃しなかったじゃない?」

「あれは、次々と予想外のことが起きたからに過ぎない。単に損得勘定で考えただけの話だよ。全ては打算だッ! 自己保身なのだよッ! そして何より最悪なのは、レティシアさんを裏切った後、更にレッドベリルをも裏切ったことさ」


「レッドベリルはあなたを神人化しんじんかして生み出された神星力しんせいりょくを吸収しようとしていたわ。あなたが殺されていたら、あたしがあたしでいられたか分からない」


 打算的であれ、利己的であれ、ダタイが動かなかったお陰でレティシアは今ここにいる。


「あなたはレッドベリルに何か、借りがあるのかしら?」

「レッドベリルは私に告げたのだ。言う通りにすれば故郷に返してやると。私は……私は何としても地球に帰りたかったッ! うちにはカミさんと娘がいるんだッ!」


 その悲痛なまでの叫びにレティシアの心が痛む。訳も分からず、たった一人で知らない世界に放り出された者の心境などとても推し測ることはできない。


「ダタイ……。あたしと一緒に異世界に転移する方法を調べましょう」

「私にそんな資格はないよ。世話になった」


 ダタイはそう言うと、スタスタと歩き出した。レティシアは、その背中に向けて何か声を掛けようとするも、とうとう言葉にすることはできなかった。彼には彼にしか理解できない信念や矜持きょうじのようなものがあったのかも知れない。


 レティシアがその後ろ姿をジッと見つめていると、不意にダタイが立ち止まる。


「コーヒー美味かったよ。ありがとう」


 ボソリと一言呟いて、ダタイは去って行った。結局一度も振り返ることなく。

 レティシアがしんみりとその方向を見つめ続けていると、突然、ヨシュアの声がした。


「なーに、らしくない顔してんだよ」


 いつの間にか、ヨシュアはレティシアの隣に来ていたようだ。そして、ついでに頭にチョップをお見舞いされる。


「痛ッ! ちょっと何をするのよッ!」


 レティシアの批難の声は完全に無視される。


「俺としたことが、今回は全く役に立てなかったぜ。すまねぇな。」

「ふッ、そんなこと気に病む必要はないわ。最初から期待してなかったから」


「ひでぇ! 俺だって最初はな? って最初だけか……」

「本当よ。あたしを護ってくれるんじゃなかったのかしら? 騎・士・様?」


 レティシアはまるで悪戯っ子のように笑った。そしてそう言いながら、ひらひらと舞うようにヨシュアの前へとやってくる。


「わぁーってるよ。男に二言はない。次は……勝つッ!」

「次ねぇ……。確かにこれから大変よ? 曲りなりにも一国の守護神であるレッドベリルを滅ぼしちゃったんだから」


「そうだなぁ……。飲んだら強くなる薬とかねぇのか?」

「なーに言ってるの? そんなものがあったら古代神こだいしんも商売あがったりでしょ?」


「んだよ、商売って……」

「でも、あるかもね。それに今はなくても、その内あたしが『創造』して見せるわ」


「そうだな。お前さんならできるかもな」

「あたしは今回のことを絶対に忘れない」


 レティシアは心に誓う。得たもの、そして失ったもの。その全てを糧として見せる。その顔に決意を見たのか、ヨシュアもポツリと、しかし明確な意志を持って呟いた。


「強くならなくちゃなんねぇな」

「そうね……こうなったら最後の最後まで付き合ってあげましょう! ヨシュア! あたしたちで深淵しんえん最奥さいおうまで踏み込んでみせようじゃない!」


 白い異空間が崩壊し、澄み渡るかのように青い空が広がっている。

 レティシアの大音声が青天を衝いた。

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