第53話 二人の神人

「ダタイッ! お前の《宿星の種シードオブフェイト》を返すぞッ! 受け取れッ!」


 何かに耐えているかのような、そして悔しそうなダタイの胸元に、小さな種子のようなものが届く。それはダタイの体内に入ると、その魂と同化した。その瞬間、ダタイの体から強烈な神星力しんせいりょくが発せられた。


神人しんじん……?」

「ダタイッ!? 何だ? どうなってんだ?」


 レティシアの呟きとヨシュアの疑問の叫びに申し訳なさそうな表情を作るダタイ。


「……レティシアさん、ヨシュアくん、すまないね。こうしないと元の世界に帰れないのさ」


 ダタイは傍で彼を護っていたニャルの首を右手で掴む。


「にゃ……ぐぅ」

「ニャルッ!」


「止めろ! ダタイッ!」


「女、最後のチャンスだ。ダタイが渡した《命晶石めいしょうせき》があるはずだ。それを使え」


 レティシアにとって最悪の状況の中、レッドベリルが命令を下す。


「それで? どうしろと?」


「それは古代人共が作り出した人工神ガンマの命とも言えるものだ。貴様の命力は跳ね上がるだろう。それを使って能力の壁を超えろッ! 覚醒して見せろッ!」

「ふーん。覚醒ねぇ」


 色々なことが起こり過ぎて、返って冷静になったレティシアは、ドラスティーナの言葉を思い出していた。彼女はこう言っていたはずだ。



『ふん。その程度の《命晶石めいしょうせき》など、大した価値もない』



 レティシアには、彼女程の人物がその力を見誤るとは思えなかったし、『未知なる記憶アンノウンブック』の説明文に特段変わったことが書かれていなかったのを考えると、《命晶石めいしょうせき》にそれ程の力があるとはとても思えなかった。それにもし仮に思いついたことが確かなら《命晶石めいしょうせき》に関する記述を改竄する必要性は感じられない。


「そして貴様には、無から……神殺しの武器を創造してもらう」

「それが目的なら最初からそう言いなさいよ」


 できるできないはともかく、最初から目的を聞いていれば、ヴィスタインの犠牲はなかったかも知れないのだ。レティシアを再び怒りが襲う。腹の底から静かに湧き上がってくる憤りだ。


「ハッ! それができたらこんな手間をかけたりなどするものかッ!」

「あたしの精神を乗っ取ってから覚醒させれば済んだ話じゃないのかしら?」



「無理やり操って自我を崩壊させたり、死んでもらったりしては困るんだよッ! 覚醒した貴様の精神を完全にロギアジーク様の支配下に置かなければ意味がないんだッ! 能力の覚醒は、生死の狭間に身を置いた刻に起こり得るものなのだッ! 特に古代人こだいびと共は追い詰められてこそその真価を発揮するッ! 壁を超えるためには、自らの気づきが必要なのだッ! 言われて「はいそうですか」と、覚醒などできるかッ! 能力を深化して見せろッ! 『錬金』から『創造』へとなッ!」



 それを聞いたレティシアがレッドベリルへ嘲りの混じった言葉を投げ掛ける。


「あはははッ! 随分と行き当たりばったりで運任せの計画ね。呆れてものも言えないわ」

「それで挑発しているつもりか? いいからさっさと『創造』して見せろッ!」


「でも、例え神殺しの武器なんてものが創造できたとしても、弱体化しているあんたを殺したところで、それが本当に神殺しの力を持っているか確かめる術なんてないと思うけど?」


 自分勝手なことを喚き散らすレッドベリルにレティシアは当然の疑問をぶつける。


「余計な心配は無用だ。ここにはダタイだけでなく、キャンサーもいる。俺を滅ぼして証明してみせろ」

「ん? キャンサーってヤツもここにいる訳?」


「そうだ。おいッ! 速く入って来いッ!」


 焦れるように叫ぶレッドベリル。その声が白い空間内で反響する。


「んー。仕方ないですね」


 場違いな間延びした声を上げながら、一人の人物が白い空間に現れる。

 それを見たレティシアは思わず素っ頓狂な声を上げる。


「あんた……レガルド!? キャンサーってあんただったのね」

「レティシアさん、ひどいですよ。僕の名前はレガルド・キャンサー・ベレスフィード。そう名乗ったじゃないですか……」


「そんな昔のこと、誰も覚えちゃいないわよ……」

「ひどい……《星々の加護ラグナスターズ》を返してもらいますよ?」


「いいわよ? その代わり《神の思い出ロギア・メメント》も返してよね?」

「そんなぁ……」


 レガルドから情けない声が漏れる。レティシアが思わず、本当に神人しんじんなのかと疑ってしまうレベルの情けなさだ。


「キャンサー、転移ができない。外で何か変わったことはなかったか?」

「……いえ、ありませんでしたよ」


「チッ、そうか……。キャンサー、ダタイ、速くこっちに来い」


 レッドベリルは、相変わらず苛立ちの混じった口調で二人の神人しんじんに命令した。

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