第50話 命術の行使

「やるね。キミは並の剣士ではないようだ」

「ふん。良い一撃が入ったと思ったんだがな……大して効いてねぇみたいでショックだぜ」


「キャンサーは神人しんじんに成り立てだし、ボクに比べたらまだまだ神星力しんせいりょくも弱いからね……いくら《星々の加護ラグナスターズ》を持っていて、人間にしては神星力しんせいりょくが多いみたいだけどボクには効かないよ」


 やはり《星々の加護ラグナスターズ》より《神の思い出ロギア・メメント》を取るべきだったか、そう心の中で毒づくレティシアであったが、今更後悔したところでどうにもならない。


 神話では古代神こだいしん魔帝まていは敵対関係にあり、その力はお互いにとって大ダメージに成り得る。魔術まじゅつを習得するに当たってそう聞かされたものだが、レティシアが使える魔術まじゅつの種類はそれ程多くはない。ここにいる仲間の中でレッドベリルにダメージを与え得る者はレティシアとヴィスタイン位のものだろう。ファルも使えるのだが、姿が見えないので転移に巻き込まれなかったのかも知れない。後、期待できそうなのはヨシュアの大剣から感じられる正体不明の力――恐らく破力はりょく――くらいのものだろう。バークレイは忌力きりょくと言っていたが、詳しくは分からない。


 それに今のレティシアは何が真実で、何が虚偽なのか判断がつかない状態に陥っていた。古代神の配下であるレッドベリルに本当に魔術が特効となるのか、疑念が払拭できない。

 となれば、レティシアに残されているのは命力めいりょくの行使、即ち命術めいじゅつだけである。あの魔神デヴィルに大ダメージを与えた命術めいじゅつである。目の前の亜神あしんとあの時の魔神デヴィルでは、どちらが神格と力が上なのかは分からないが、いくらレッドベリルと言えども、喰らってただで済むとは思えない。


 レティシアは既に深淵しんえんに触れる覚悟は決めている。

 そして今、命をも削る覚悟を決めた。


 急激に命力めいりょくを膨らませたレティシアを見て、歓喜の笑みを浮かべるレッドベリル。



【かつて古代神こだいしんあり。無より生まれし、絶対なる創造主よ。混沌より現れし魔帝まていの暴虐を許すべからず。その神の意志を持てこの世に跋扈す闇を打ち払うべし】



 魔術の明かりではない、温かい太陽の光のようなオーラがレティシアから発せられる。それはどんどんと膨らんで大きさを増し、まるで狼煙のように天にも昇らん勢いで立ち込めていく。


 レッドベリルはそれをただじっと見つめていた。

 その目には先程の歓喜の色はない。


 あるのは失望。


 そして、言葉は紡がれた。


神意無双ヘヴン


 古代神こだいしんの絶対なる力が一気に収束するとレッドベリルの体内へ転送されていく。


「あんたの主神である古代神こだいしんの術式なら効かないはずはないわよねぇッ! 滅びて消えなさいッ!」


 レティシアの声が高らかに響き渡る。

 その膨大な力はレッドベリルの中で暴走し大爆発を起こす――はずだった。


 しかし、何も起こらない。


「グウウウウウウウウウ」


 響くはレッドベリルの低い呻き声のみ。

 それだけだった。

 レティシア渾身の命術めいじゅつは、あっさりと防がれたのである。

 レッドベリルの失望の混じった怒声がレティシアに向かって飛んだ。


「ダメだ……。それでは神など倒せないッ! 本気でやっているのか?」

「有り得ないッ! 全く効かないなんて……」


 崩れ落ちるレティシアにレッドベリルの冷酷な言葉が浴びせ掛けられる。


「キミのせいだよ。キミのせいで仲間が死ぬ」


 死の宣告を受けたのは――

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