第44話 ヴァンパイアの王

『クックック……。面白い。面白い人間たちだ。上がって来い』


 まるで頭の中に直接語りかけられたような感覚にレティシアは少しばかり戦慄を覚えた。まるで精神に干渉するかのような芸当である。

 レティシアが隣を窺うと、ヨシュアとヴィスタインも戸惑っているようだ。


「ま、そう言う訳で案内よろしくね? 門番さん?」

「……分かった。ついて来い」


 レティシアの飛びっきりの笑顔に、門番は渋い顔をして苦々しい口調で返した。


 城門をくぐり、城の中を行く。レティシアは滅多に訪れないであろう貴重な機会を逃すまいと、あらゆるものに目をやって観察した。通路には上質な絨毯が敷かれ、壁には絵画などの芸術品が掛けられている。城内からは、センスが良く、嫌味過ぎない荘厳な雰囲気が感じさせられ、レティシアは増々、ドラスティーナに興味を惹かれていった。


 そして両開きの扉の前まで来ると、案内役を務めた門番がひと言告げる。中からの返事に従い、扉の左右に佇んでいた二人が息を合わせるようにして扉を開いた。

そこは玉座の間であった。


 そして威厳に満ちた女性が――一人。


 まるで絹糸のようにしなやかで艶のある黒髪をポニーテールにして、壮麗な漆黒のドレスに身を包んでいる。背中が大きく露わになっており、覗く肌は粉雪のように白く美しい。


 そしてその瞳は紅よりも更に深い赤。


 その圧倒的な存在感を前に、固まっている三人に声が掛けられる。


「どうした? われに何か用があったのであろう?」


 妖艶な笑みを湛え、低いがよく通る声でドラスティーナに語り掛けられた三人は威圧され、委縮してしまっていた。本人に威圧しているつもりはないのだろうが、もう少し自重して欲しいものである。レティシアはそう思いつつ、ドラスティーナの圧倒的な力の波動に畏れを抱いた。これ程までの圧力を受けたのは、かつて見た亜神あしん以来である。


 双方の間には、完全に捕食する者とされる者のような関係が構築されてしまっていた。そのあまりの圧力に三人はドラスティーナに近づくことも叶わない。

 そんな中、ヴィスタインが大きく息を吐き出すと、堂々とした態度で名乗りを上げる。しかし、その顔色は悪い。レティシアには彼が何とか虚勢を張っているように見えた。


「ニーベルンにいるハイエルフのシャーレ・トゥーリから聞いてやって来た。俺はヴィスタイン・クロスナードと言う」

「シャーレ? あの小童こわっぱか……。懐かしい名だ」


 その言葉にレティシアは愕然とする。ハイエルフはかなりの長命だと言うが、それを小童こわっぱ呼ばわりするドラスティーナは一体どれ程の歳月を生きてきたのだろう。


「無礼は承知の上……あなたに頼みがある」

「回りくどい物言いは良い。さっさと用件を言うがよかろう」

「俺の望みは《ヴァンパイアの心臓》だ。《ヴァンパイアの心臓》が一つ欲しい」


 ドラスティーナの口角が吊り上がる。


「この地を治める我の正体を知った上での要求か?」

「……そうだ」


「ふふふふふ……。よう言うた。では聞こう。何故、《ヴァンパイアの心臓》を欲する?」

「友人が鎧病がいびょうと言う病気にかかった。その治療薬のために必要なのだ」


「グランデリアの心臓では足りなかったのか?」

「ッ!?」


 レティシアは驚愕に震えた。何故、グランデリアの名がここで出てくるのか?


「待ってッ! その件は――」

「冗談だ。グランデリアは欲望に負けたゲスに過ぎん」


 レティシアの焦躁の混じった叫びを遮ると、ドラスティーナは愉快そうに笑った。

 そして、ひとしきり高らかに笑い声を上げた後、彼女は一転して真剣な眼差しをヴィスタインに向けた。


ぬしは友人の治療のために我が同胞の心臓が欲しいと言ったが、それはぬしが命を張るだけの価値を持つ……それ程大切な人物なのか?」


 ヴィスタインが一瞬ハッとした表情を見せるが、すぐに気を取り直したのか、きっぱりと断言した。


「無論だ」

「そうか……」


 ヴィスタインの痛切な思いを感じて何か思うところがあったのか、ドラスティーナはその深紅の瞳を閉じる。まるで瞑目するかのように。


 しばしの時を経てドラスティーナの目が開かれる。そして彼女は三人に問うた。


「では最後に聞こう。もし仮に我が同胞の心臓を与えたとするならば、主らは何を持って対価と為すのか?」


 降りる沈黙。

 それは至極正当な要求。

 しかし、その問いに答えることができる者はこの場には存在しなかった。

 ヨシュアもヴィスタインも悔しそうに地面に目を落としている。

 レティシアも痛感していた。

 元より無謀な頼みだったのだ。虫の良い頼みだったのだ。


 しかしレティシアは諦めなかった。


「命力と言う力を知っているかしら?」

「ああ、知っている。古代人が使っていた力だな」

「あたしはその結晶を持っている」


 そう言うとレティシアは『未知なる記憶アンノウンブック』を発動し、《命晶石めいしょうせき》を出現させた。それを見たヴィスタインが驚愕と困惑の表情でそれを見ている。レティシアは、彼は初見だったかと思いつつ、目の前の麗しきヴァンパイアの王にハッタリをかます。


「これが対価にならないかしら? 古代人こだいびとが作り出した人工神じんこうしんガンマの動力源だと言う話よ?」

「それが? ガンマの? ふはははは! ぬしはうまく担がれたようだぞ」


 ドラスティーナは人工神じんこうしんガンマのことを知っているようである。レティシアは『未知なる記憶アンノウンブック』の記述に間違いはなかったことを確信した。


「ふん。その程度の《命晶石めいしょうせき》など、大した価値もない」


 ドラスティーナはその《命晶石めいしょうせき》をつまらなさそうに一瞥すると、落胆したような声でその提案を断った。


「そんなことより、やはりぬしの能力には興味が尽きぬな。どうだ? 我の配下にならぬか?」

「それはヴァンパイアになれと言うことかしら?」

「その通りだ」


「そんな提案は飲めねぇな。そうだろ? ヴィスタイン」

「……無論だ」


 二人の言葉を聞いてレティシアの方へと視線を向けるドラスティーナ。

 それにレティシアは沈黙で答える。


「フッ……そうか。それは残念だ」


 ドラスティーナがそう言って少し肩をすくめると、楽しそうに笑う。


「それにしてもヴァンパイアの治める地にその心臓を求めて交渉に来る者がいるなど愉快でならぬわ……。また会おう。ぬしらは今、宿命の中にいる。再会の折りには、快くもてなそうぞ」


 ドラスティーナはそう言い残して玉座の間から出て行った。

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