第45話 魔神、バークレイ

 ドラスティーナが支配する街、ノーザンロックを出発した一行の足取りは重かった。

 予想していたとは言え、《ヴァンパイアの心臓》を得ることが出来なかったからだ。そしてノーザンロック付近の険しい道のりが、重苦しい雰囲気に拍車をかけていた。街を発ったのは朝方の寒気が少し緩み始めた頃であった。最寄りの村までもう少しと言ったところだが、空は薄暗くなり始めていた。急がねば、道に迷ってしまう可能性もある。


「きついが、少しペースを上げよう。このままじゃ真っ暗闇になっちまう」


 先頭を歩くヨシュアが、全員を励ますかのように大きな声を掛ける。


「そうね。魔術まじゅつの明かりがあっても危険だわ」


 レティシアもそれに同意して足を速める。しかし、すぐに目の前を行く背中に顔をぶつけてしまった。先を急ごうと言ったヨシュアが、何故か立ち止まっていたのだ。


「ヨシュア、どしたの?」

「敵だ」


 断言するヨシュアの言葉に、全員に緊張が走る。

 レティシアは、周囲の気配を探ろうとしてすぐに止めた。

 目の前に佇む闇が見えたからだ。


「多少、使える者がいるようだな。あのファンゼルが負ける訳だ」

「ッ!?」


 突如として上がった聞き覚えのある名前にレティシアは絶句する。あの悪魔デーモンを呼び捨てにする程の存在、それは悪魔デーモンの上位者しか有り得ない。


魔神デヴィルッ!?」


 レティシアの叫び声をきっかけに、全員が戦闘体勢に入る。ヨシュアは既に大剣を抜いて身構えているし、ヴィスタインも魔導銃を魔神に向かって突きつけている。


 ヒリついた空気が肌に纏わりつく。


魔神デヴィル様が、俺たちに一体何の用だ?」

「別にお前などには用はない。あるのはそこの娘だけだ」


「あたしッ!?」


 レティシアは思わず声を上げる。最近、狙われるようになり、色々と思うところのあるレティシアであったが、直接、魔神デヴィルにそう言われると流石に驚いてしまう。

 スキッドロアの話は本当だったのだ。となると、この魔神デヴィルの名はバークレイと言ったはずだ。


「何故? あたしに狙われる心当たりなんてないんだけど?」


 取り敢えず、何も知らない振りをするレティシア。


「なくて当然だろうな。理由は、お前が特殊な能力を持つ古代人こだいびとであるから。それだけだ」

「それだけで殺されるっての? ちょっと納得いかないんだけど?」


「別に殺す気はない。お前が魔人まじんとなって我が陣営に加わってくれればそれで良いのだ」


 ファンゼルの件からカマをかけてみたが、本当に殺す気はないようだ。


「まったく……最近、忙しないったらないわね。破戒神はかいしんダイナクラウンの信者になれって言われたり、ヴァンパイアになれって言われたり、挙句に魔人まじん? あたしってば、どれだけ世界から注目を浴びているのよ?」


 レティシアの言葉にバークレイの表情が一瞬だけ変化する。注意していないと見逃してしまう程微かな変化である。


「悪いようにはせん。全てお前の能力が故だ」

「あたしが魔人まじんになったらどう言う待遇になるのかしら?」


「レティシアッ!」


 ヨシュアから批難の声が飛ぶ。


「ふむ。別に戦闘能力など期待しておらん。お前には、その『錬金』の能力を完全に使いこなしてもらう。そうすれば、我らが神マーテルディア様以外の神々は滅び去ることになるだろう」


 レティシアはバークレイの言った言葉の意味を考えていた。この魔神デヴィルは、古代人こだいびとの末裔であるレティシアにその命力を使った『錬金』の能力で何かを生み出させたがっている。そして、錬金したものを使えば、神々は滅び去る運命さだめにあると言うことだ。


「一体、あたしに何を錬金して欲しいのかしら?」

魔人まじんとなり、忠誠を誓えば教えてやろう」


魔帝まていの配下とは言え、あんたも一応は神なんだろ? 下々のことなんて気にするこたーねぇ……。神は神らしく上で戦ってろや」

「二度と我が神をその名で呼ぶなッ! 下等な人間がッ!」


 今まで淡々と話していたバークレイが怒気を孕んだ声で凄む。同時に、その体から強大な魔力まりょくが発せられ、空気が震えた。レティシアたちを重圧が襲う。

 気を抜けば、恐慌状態に陥りそうな空気の中、レティシアは何とか強い心を保とうとしていた。ヨシュアとヴィスタインも表情に余裕はない。


 バークレイはただただ要求する。


「もう一度言おう。俺の要求は一つ。娘、お前が魔人になることだけだ」


 その声色は元に戻っている。それは事実上の最後通牒であった。


「お断りね。あたしは案外、今の暮らしを気に入ってるの。人間辞める気なんて毛頭ないわ」

「ならば仕方ない。無理にでも魔人になってもらうだけだ」


 それが開戦の合図となった。

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