宿星と夢の終わり

第43話 ノーザンロックの街

 ニーベルン大学でハイエルフの学者、シャーレ・トゥーリにドラスティーナのことを聞いた三人は、すぐさま、中央山脈へ向けて出発した。


 ヨシュアもヴィスタインも古代人こだいびとや《災厄の種シードオブディザスター》の件に関して何も聞いてこない。


 シャーレ・トゥーリとの一件で、レティシアは覚悟を決めた。古代人こだいびとの末裔として『未知なる記憶アンノウンブック』を埋めていくために深淵しんえんを覗く覚悟はしていたつもりだった。しかし、その程度の覚悟は真の覚悟などではなかったのだ。鎧病がいびょうの発生に端を発した一連の流れの中で、レティシアはこれからヴァンパイアの王、そして亜神あしん魔神デヴィルと深く関わることになるだろう。『未知なる記憶アンノウンブック』など深淵しんえんの一端に過ぎないのだ。この世界は謎に満ちている。もう巻き込まれているだけではいけないのだ。レティシアはこの底知れぬ世界の深淵しんえんを自ら覗き込むと決めた。


 二つの村と街を経由して、更に山道を進む。この辺りは標高が高いため、薄らと雪が積もっていた。整備されていると言っても傾斜のある街道を行くのは慣れていない者にとってはきついものだ。それでも三人は、何とか空が明るい内にノーザンロックへとたどり着くことができたのであった。


 街に入るに当たり、警戒していた三人であったが、特に念入りに調べられると言うことはなかった。と言うよりかなり緩いチェックである。拍子抜けした三人が街に足を踏み入れると、そこには美しい光景が広がっていた。傾斜に沿って整然と家々が建ち並び、降り積もった雪と家から漏れる明かりや家の前に灯されている明かりが相まって幻想的な雰囲気を醸し出していたのだ。夜のとばりが下りて、辺りを暗闇が支配する頃に見れば、また違った光景を見ることができるだろう。


「綺麗……」


 レティシアの口から思わず言葉が零れ落ちる。


「取り敢えず、宿を探そうぜ」


 ヨシュアの提案に、レティシアがふと我に返る。三人は道行く人に宿の場所を聞くと、歩き出す。と言っても、大通りに面した分かりやすい場所にあったため、すぐに見つけることができた。宿に入ると、カウンターに一人の男性が立っていた。彼は三人に気づくと、元気な声で歓迎してくれた。レティシアが一泊する旨を伝えると、彼は饒舌に語り始めた。


「この街は初めてかい? お客さんは……人間だよな? どうだいこの街は。人間とヴァンパイアが共生しているんだぜ?」

「ノーザンロックはヴァンパイアが支配する街じゃなかったのかい?」


 ヨシュアは率直な質問を男性にぶつける。


「まぁ、治めているのはヴァンパイアのヘスカレーゼ様だから支配してるって言えばそうなのかも知れんなぁ」


 レティシアは、男性の目の奥を覗き込むかのように、じっと見つめると、浮かんだ疑問を口にした。彼が【魅了エル・スト】の魔術まじゅつで縛られているのではないかと考えたのだ。


「何故、人間とヴァンパイアが共生しているのかしら?」

「この街の人間は皆、ヘスカレーゼ様に魅了されて移り住んできた者ばかりだよ。そして彼女は人間がこの街に存在することを認めている」


「ヴァンパイアが人間を襲うことはないのか?」

「それはねぇな。この街のヴァンパイアでヘスカレーゼ様に逆らうヤツなんていねぇよ。と言うかむしろ、ヘスカレーゼ様に血を吸って欲しいって言う人間の方が多いくらいだ」


 部屋を取った三人は、外が完全に暗くなる前にドラスティーナが住む場所の下見に行くことにした。大通りに出て上を見上げるレティシア。そこには城壁に囲まれた美しい小城が見える。傾斜になっているこの大通りを上って行けば、城へとたどり着けるだろう。


「変わった街だ」

「領主に血を吸って欲しいとか、どんだけだよ」

「そうね。どれだけのカリスマ性があったらそうなるのかしら」


 三人がドラスティーナのことを話し合いながら歩いていると、大した時間もかからずに城門の前へと到着した。とは言え、今日は散々、山道を歩いた上に傾斜のついた大通りを上ったため、最早、疲労困憊の三人であった。


 三人は、息を切らしながらも目の前にそびえ立つ城壁を見上げていた。

 すると、城門の前にいた人物が三人に近づき、警戒の色が混じった言葉で話し掛けてきた。話し掛けるとは言ってもまるで不審者に詰問するような口調である。


「何だ? 貴様らは? この街の者ではないな?」


 その男性を門番だと推測したレティシアは丁寧な言葉で経緯を説明し始める。


「あたしたちはニーベルンからやって来たんです。この街の領主であるドラスティーナ様にお会いしたくて」

「なんだと? 下賤げせんな人間如きが、ヘスカレーゼ様のことをその名で呼ぶなッ!」


「あら? この街では人間とヴァンパイアが仲良くやっているんじゃないんですか?」

「人間を快く思わない者だっている……。それにいと貴きその名を口にして良い者など存在しないッ!」


 ドラスティーナの名はいみな扱いなのかと、レティシアが納得していると、ヨシュアが画期的な提案を口にした。


「なぁ、もうこいつの心臓を頂いちまって帰らねぇか?」

「あら? ヨシュアにしては良い提案ね。そうしようかしら?」


「おい……? お前ら? な、何を言っている?」


 ヨシュアとレティシアの言葉に不穏なものを感じ取ったのか急に慌てだす門番。

 門番は、ヨシュアに敵意を向けられて急にオタオタし始める。


「なッ何だ……俺に手を出してただで済む訳が……」


 ヨシュアが剣を抜こうと柄に手をかける。

 それを見たレティシアが「おいコラ、ヨシュア、冗談だよね?」と、ツッコミを入れようと口を開きかける。


 そこへ、朗々とした声が響いた。

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