第18話 カルナック村へ
ホレスの住んでいるカルナック村はニーベルンから二日程度の場所にあった。道路の整備はあまり進んでいないようで、歩く度に、足の裏に石のゴツゴツした感触が伝わってくる。ニーベルンの街からカルナック村へは馬車は出ていなかった。もっとも、この悪路では馬車に乗っていても苦痛だろうなと思うレティシアである。
途中で一泊野営をして夜を明かし、歩き続けて何事もなくカルナック村近くまでたどり着いた。辺りはもう薄暗くなってきている。現在はレティシアが魔術の明かりを出して周囲を照らしながら歩いている状況だ。ホレスによれば、村はもうすぐらしい。
疲れも溜っていたが何とか気合を入れ直すレティシア。素材を探すために狩りに出ることも多いため、体力には自信があったのだが消耗が激しい。ここのところの缶詰状態が影響しているのだろう。
「村はあの森の向こうだな……。でも森の陰に人がいるみたいだ。結構多いぞ?」
ホレスの言葉にレティシアも様子を窺うと、確かに天幕や篝火のようなものが見える。どこかの軍が野営でもしているのか、それなりの人数がいるようだ。
「村に入らないでわざわざ隠れるように野営しているのは何故なんだ?」
ホレスが顎に手を当てて何やら考え込んでいる。レティシアもどうするべきか迷っていたが、恐らく向こうからも自分たちの姿が見えているはずなので、向こうから接触してくるのではないかと考えていた。しばらく二人で話し合っていると、向こうに動きがあった。騎乗した人物が近づいてきたのだ。その周囲に魔術の明かりをまとわせて。
レティシアは影の中のファルに警戒するよう思念を送ると、自らも力の杖を握りしめた。お互いの顔が見える位置まで近づくと、レティシアは思わず脱力してしまった。
「ありゃ? レティシアじゃねぇか。こんなとこで何してんだ?」
「それはこちらのセリフです。あんなところに集まって何をしているんですか?」
「いや、それがな……。まぁ、とにかくここじゃナンだ。着いて来てくれるか?」
レティシアはヨシュアのことをホレスに説明すると、言われるがまま後に着いて行った。野営地には多くの探究者がいた。周囲からの刺さるような視線を浴びながら、ヨシュアの後に続く。彼は天幕に入ると、リーダーらしき戦士風の男性に何か伝えている。
リーダーは、レティシアたちの事情を知ると、ことの顛末を話し始めた。
「俺たちはカルナックの周辺に出没し始めた盗賊退治に来たんだ。探究者ギルドの依頼でな。それで村に入る前に――」
レティシアとホレスが大人しく話を聞いていると、不意にリーダーの話を遮る者がいた。
「リーダー、斥候が戻ってきたわ」
その声に聞き覚えのあったレティシアが思わず振り返ると、そこには予想通りの二人が立っていた。向こうもレティシアの顔を見て驚いているようだ。
「あれ? あの喫茶店の……? どうしてここに?」
「ミレーユさん!? ヴィスタインさんも……」
お互いに疑問の声を上げつつ、改めて自己紹介をしていると、リーダーは話が進まないと思ったのか、それともただ面倒臭くなったのか、続きを話し始めた。
聞いたところによれば、話はこう言うことらしい。探究者ギルドから、カルナック村周辺に出没し始めた盗賊の討伐依頼が出た。急ぎで討伐隊を編成して村に向かったものの、先触れの探究者が依頼主である村長に会いに行くと、既に村は盗賊たちに占拠されており、這う這うの体で逃げ出してきたと言うことであった。そして、今は村人救出のために斥候を放って様子を探っていたところであったようだ。
話を聞かされたホレスは当然のように取り乱すと、ミレーユへ詰め寄った。
「息子は……息子はどうなったんだッ!? 村には妻と息子がいるんだッ!」
すかさずヴィスタインが間に割って入り、ミレーユを庇う。
「では、斥候から話を聞こうか」
「はい。村はひどい有様でした。既に男たちの多くが殺され、女以外はゲームをするかのように嬲られ、凄惨な殺され方をしているようです。ただ、敵はこちらに気づいていないようで見張りは少しいるものの、ほとんど無警戒でした。その多くは泥酔しているようです。今、奇襲すれば容易く勝負は決するかと」
報告を聞いてホレスは絶望に満ちた表情になり、地面にへたり込んでしまった。
「そうか。我々の先触れを見て警戒しているかと思ったが……」
「と言うか、慌てて引き上げの準備でもしているかと思ったんだがなぁ……」
同じく報告を聞いたヨシュアも意外そうに首をひねっている。
「盗賊の首領らしき男は、すぐに討伐隊が来ることはない。ヤツらが来る頃には俺たちは撤収済みって訳だと大声で話しているのを確認しました。外まで聞こえてきましたよ……。なお、盗賊の数は五、六十名程かと思われます」
斥候の話を全て聞き終えたリーダーはすぐさま決断を下した。
「よし。直ちに攻撃だ。住民の保護を最優先。捕えられそうな者は捕縛。無理そうなら撫で斬りで構わん」
その言葉を聞いて天幕内にいた探究者たちが外へと飛び出して行く。
「盗賊の人数より少ないみたいだけど大丈夫なんですか?」
「こちらも戦力は十分揃っている。元々盗賊を退治するために来たのだからな」
レティシアの疑問に、リーダーはこともなげに答える。
それを聞いて少し安心したレティシアは、力なく項垂れているホレスを必死で励まし始める。報告では女は生かされていると言っていた。子供の扱いは分からないが、まだ希望はあるはずなのだ。そこへ、ヨシュアが呑気な声で提案してきた。
「レティシアも手伝ってくれよ。お前さんも中々強いんだろ?」
レティシアはヨシュアのデリカシーの無さにイラついた。ホレスのことを考えると、あまりに呑気過ぎるのだ。これがヨシュアのペースなのだろうが。
「そうなの? レティシアさんってば、ただの喫茶店の女主人って訳じゃないのねッ!」
「あたしはただの錬金術士なのッ! れ・ん・き・ん・じゅ・つ・し!」
「そうなのか? 前に魔術なんかも使えるって言ってたじゃねぇか」
「そりゃ、素材を集めるために、ある程度はね」
「しかし、あんたには魔力とも違う力を感じる」
ボソッと漏らすヴィスタイン。
レティシアも報告を聞いて静かに憤っていた。それにホレスにも同情している。しかし、レティシアには対人戦の経験がほとんどないのである。緊張するなと言う方がおかしい。ヨシュアが言う程、自身が強いなどと思っていないのだ。
結局、ホレス自身も戦いたいと主張したこともあり、レティシアも盗賊討伐に参加することとなった。彼を放っておけなかったのだ。
「はぁ……。とんでもないことになったわね……」
そう呟きつつ、レティシアは少しでも多くの人を回復して回ろうと心に決めたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます