鎧病の謎

第17話 手詰まり

 レティシアは消耗していた。ここのところ、ひたすら工房にこもって文献を読み漁る日々が続いていたからだ。工房にはそこらの図書館にも負けない程の知識書や魔術書などが存在している。レティシアの祖先も皆、この文献を読み解いて『未知なる記憶アンノウンブック』の空白を埋めてきたのである。そんなレティシア自慢の知識が詰まった部屋にいてもなお、鎧病がいびょうの治療薬を作り出すことはできず、何の手がかりも得られない日々が続いていた。


「ああああッ! やっぱり未知の魔物や植物なんかの素材を当たるしかないのかな」


 疲労困憊のレティシアは、そうぶつぶつと呟きながらコーヒーを淹れ始める。

 何か今までとは違うアプローチの方法を考える必要があるのかも知れない。レティシアはそう考えつつ、何かきっかけがないものかと頭を悩ませる。


「今日は駄目だ。喫茶店も薬屋も休業日にしよう……」


 レティシアは、堅いパンをかじり、それをコーヒーで流し込む。そして居室のソファーに横になって思考の波に身を委ねていると、間もなく彼女の意識は途切れてしまった。


――

―――


「……ちゃ……! ……レ……ちゃんッ!」


 どこからか誰かが自分を呼んでいる気がしてレティシアの意識は覚醒した。


「レティちゃーん! 寝てんのかーい?」


 その声はドラゴンテイルの大事な常連客、アンソニーのものであった。喫茶店の方ではなく、すぐ近くから声が聞こえる。レティシアは寝ぼけ眼を手でこすりながら居室の窓から顔を出して周囲を窺った。


「アンソニーさん? どうなさったんですか?」

「おッいたいた。いやな十の鐘がなっても店が開かねぇもんだから気になってな」


「それはすみません。ちょっと疲れが溜ってまして……」

「いや、いいんだ。ゆっくり休んでくれよな。ただちょっと謝っときたくてなぁ……」


「はい? あたしは謝られるようなことなんてされてませんけど……」

「ほら、ホレスのヤツが無礼な態度を取っちまっただろ? あいつも反省してるんで許してやってくれねぇかな? ほらッ! お前も謝んなッ!」


 アンソニーの言葉にホレスも姿を現した。物陰に隠れていたのだろう。


「レティシアさん、すまなかった。どうかしてたのさ俺は……」

「別に怒っていませんから気にしないでください。謎を解き明かすのはあたしの使命でもありますので」


「すまない……。俺は明日、村へ帰るつもりなんだ。それで、トーメル薬を売ってくれないかと思ってな。金なら何とか用意したんだ」

「もちろん、構いませんよ」


 レティシアは微笑むとすぐに薬置き場に引っ込んだ。そして在庫の中から錬金したばかりのトーメル薬を手に取った瞬間、とある思いつきが頭をよぎる。


「ニーベルン以外の鎧病患者か……。何か共通点はあるのかしら」


 レティシアはそんなことを考えながら工房から出て、二人の待つ裏庭へと戻る。そしてそれをホレスに手渡すと、思いついたことを伝えてみた。


「ホレスさん、明日ですが、あたしも村に同行させてもらえませんか?」

「うん? 村なんかに来てどうするつもりだい?」


「いえ、ちょっと行き詰ってまして……息子さんがいる環境に何かヒントが隠されているかも知れないと思ったんです」

「そいつは有り難い! 直接診てもらえるなんてこんな有り難い話はないよ」


 大人げなく嬉しそうにはしゃぐホレス。

 隣のアンソニーも表情に喜色を湛えている。

 こうして、ホレスの帰郷にレティシアが同行することが決まった。

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