第14話 素材を求めて

 初めて他人の目の前で能力を使ってしまった。その事実にレティシアは頭を抱えていた。今でこそ魔女狩りなど行われていないが、かつては魔帝まてい魔神デヴィルの力を借りて発動する魔術まじゅつを使用する者は〝悪〟として断罪された時代があった。レティシアの能力は魔術などとは違うが、命力めいりょくを行使した明らかに異端の力だ。奇跡の顕現と言ってもいい。


「マスター。何かあったのー?」

「ファル……何でもないわ。ところで明日、素材集めに行くからあなたも着いてきてね」


「ふーん。はい。マスター」


 心配して声をかけてくるファルに、レティシアは努めて元気な声で応えた。


「今日は早く寝るとしますか」


 レティシアは、考えれば考える程、湧いてくる不安のために捗らない作業を中断して、頭を切り替えることにした。やってしまったものは仕方がないのだ。そう考えながら、レティシアはベッドに潜り込んだ。




 そして翌日。


 今日は、朝から良い天気であった。緑の風が麗らかな陽気を運んでくる。レティシアはわずかばかりの荷物を背負って大きく伸びをした。こんな日は、野山に咲き乱れる花畑で、キャッキャウフフとピクニック気分を味わうのも良いかも知れない。


 レティシアが、これから向かうのはニーベルンの西に位置するボルボ山脈である。レティシアは、その麓にある洞窟でトーメル薬の素材となるティターンバットを狩り、ついでに山にも入ってみようと考えていた。ボルボ山脈には今まで入ったことはない。何か新素材が見つかれば良いのだが。


 レティシアは狩りを基本的にソロで行っている。精霊獣のファルが影の中に入って同行するものの、他の探究者と組んだことはない。探究者ハンターランクは低いが、特段、自分が弱いと思ったことはない。ランクが低いのは素材を集めても自分で使ってしまうため、探究者に寄せられる依頼をこなすことがほとんどないからに過ぎない。


 今、スレイアに新たな杖を作ってもらっているが、長い間、レティシアの相棒となって一緒に魔物と戦ってきたのは力の杖である。杖自体の強度が高いこともあるが、この杖は付与術を用いて作られており、持つ者の力を底上げする理力が込められている。まさに殴っていくスタイルを貫いているレティシアにとっては相性の良い武器と言えよう。彼女は力の杖をつきながら傾斜の出てきた道を歩く。


 周囲の警戒を影に潜むファルに任せ、レティシアは思考の波に身を委ねていた。マクガフの話では、最近、鎧病患者が増えてきていると言う。特に多いのが急性鎧病で、突如として鎧化がいかが始まり、進行も速いらしい。ニーベルン近郊以外では鎧病の罹患者はいないと言うので、マクガフは一種の風土病ではないかと考えているようだ。根本治療の方法がない今、トーメル薬の需要は上がっていくだろう。レティシアは、既に薬ギルドにはトーメル薬のレシピを公開しているのだが、値段が高いだけに患者の下に薬が行き届くのか不安であった。


 そうこうしているうちに、ファルからレティシアに思念が届く。考え事を打ち切って顔を上げると、そこにはティターン洞窟と呼ばれている横穴が大きく口を開いていた。


「さてと、準備準備っと」


 レティシアは意識を集中させると、魔術を発動する。


光球ライティング


 今、レティシアはいとも簡単に術を行使して見せたが、術は誰でも使える訳ではない。生まれつきの才能なども関係しているが、最も手っ取り早いのは、神従しんじゅうの儀で神の信者になることだ。それにより〝術〟の元となる〝力〟を得ることができる。〝術〟を使うには、まず自身に宿る〝力〟を体内で練り、その〝力〟を起点として神々から更なる〝力〟を借りる。そして頭に行使したい術式をイメージして、言葉として発する必要がある。イメージした術式に神より借りた〝力〟を流し込み、言霊によって発現するのである。


 言霊とは世界の理の一つであり、術の詠唱や術式の名称は全て世界の理に基づいた意味のある言葉なのだ。詠唱や術式は古来より研究されており、神を戴く教会や学校、術士などから教わる場合が一般的である。

 レティシアも理術や精霊術、魔術はお金を対価に教えてもらったものも多い。しかし自身でも術式研究を行っており、オリジナルの術を行使することもできる。特に命術は、基本的に教わる相手がいないため、両親に教わったもの以外は、ほぼ自力で開発したものである。


 解き放たれた魔術によって洞窟内の視界が少し開けた。レティシアが聞いたところによれば、この洞窟は元々炭鉱であったらしい。五個の光球がレティシアの周囲にふよふよと浮かぶ。そのまま洞窟へと足を踏み入れるが、視界は悪い。しかし、ファルが警戒網を張っているため、魔物に先手を取られることはないのだ。これがソロで狩りが出来る理由の一つである。

 この洞窟に何度も来た経験があるレティシアは、特に迷うこともなく、ずんずんと先に進んでいく。しばらくするとファルから思念が入った。少し警戒しながら進むと洞窟の天井に数匹のティターンバットが逆さまにぶら下がっているのがぼんやりと見える。


「おっと、早速当たりが来たわねッ! ファルッ!」


 光を嫌うティターンバットはレティシアがこのまま近づくと逃げてしまうし、何より攻撃が届かない。そこでファルの出番である。闇の眷属でもあるファルは魔力を持っており、それを行使することができるのだ。早速ファルが魔力を練って発現させる。ティターンバットがとまっていた岩盤から大きな錐のようなものが生えてくる。その先端は鋭く、不幸にも一匹が体を刺し貫かれて落ちてくる。他の個体はそれから逃げるように飛び立つと一匹は逃亡を始め、もう一匹がレティシアの方へと向かって来た。好戦的な個体のようで、ある程度近づくと黒い波動のようなものを口から射出した。蝙蝠系の魔物は通常、不可視の超音波を発することが多いが、ティターンバットは目に見える波動を放ってくるのだ。

 レティシアの前に漆黒の障壁が出現する。ファルの援護に阻まれて黒い波動は彼女には届かない。それを確認した彼女は素早い動作で障壁から飛び出すと、一気に間合いを詰めて力の杖をフルスイングする。グシャッと嫌な音を立ててティターンバットは吹っ飛ばされていった。


「よっしゃッ! ジャストミィィィィィィィトッ!」


 レティシアが思わずガッツポーズをキメると、いつの間にか影から出て来ていたファルがジト目で見つめてくる。


「マスターは戦いになるとホント性格変わるよねー」

「そ、そんなことはないわよ?」

「ま、今は別にいいんだけどさー。普段、気を付けてくれればー」

「とにかく、二匹ゲットよッ! 幸先がいいわね」


 レティシアはファルの言葉に多少動揺しつつも、それを気取られないように大声で誤魔化したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る