第15話 未知との遭遇

 レティシアは、ティターン洞窟で無事にトーメル薬の素材を入手することができた。素材は取り過ぎないように。流行の兆しを見せる鎧病のためには多くの素材が必要だが、乱獲して素材が入手不可能になってしまっては元も子もない。


 次に向かうのはボルボ山脈である。ファルは再び、影の中に退避している。


 レティシアは、この山に来るのは初めてなので、どんな魔物が出現するのか事前に調べておいた。それなりに探究者が訪れているらしく情報はすぐに集まったのだが、聞き覚えのある魔物の名前が多い中、聞いたことのない魔物もいるようだ。

 レティシアは、未知の魔物はもちろん、既知の魔物も狩るつもりである。既に何らかの素材になると知られているものや、力を秘めている素材など市場に出回っているもの以外にもレティシアにとっては貴重な素材に成り得るものがあるからだ。例えば、スレイライナーと言う魔獣がいるのだが、その牙が薬の素材になるのは広く知られている。しかし、それ以外の部位については解明が進んでいないため、破棄されているのが実情なのである。スレイライナーの三つ又の尻尾の先端には毒針がついているのだが、その毒についてはほとんど知られていない。研究はされているようだが市場に出回ることはないのだ。もっとも、レティシアは、その毒――《ライ毒》が何かの薬の素材になるところまでは、『未知なる記憶アンノウンブック』のお陰で把握済みなのだが。


 そんなことを考えながら歩いていたせいか、レティシアは見事に道に迷っていた。いつの間にか獣道に入り込んでしまったようだ。少しきつくなってきた傾斜にもめげることなく、レティシアが歩みを進めていくと、景色が一変した。先程までは木が生い茂る森のような場所だったのが、今は大きな岩がゴロゴロと転がっている岩場へ出たのだ。かなり崩れているが、どこか建造物のようなものも見える。


「へぇ……。こんな場所もあるのね。遺跡かしら……」


 山と言っても色々な景色が拝めるものだとレティシアが考えていると、不意に傍に転がっていた岩石が動いたような気がした。そちらへ目を向けると、遅れてファルから思念が届く。


「魔物ッ!?」


 レティシアが慌てて後方へ下がり、その岩石から距離を取る。

 そこには、ゆっくりとした動きで立ち上がる岩の人形がいた。身の丈、五メートルはあろうかと言う巨体で、顔と思しき場所には目のような亀裂が走っており、怪しい光を放っている。


「こんなのがいるなんて聞いてないッ!」


 レティシアが調べた情報には、こんなゴーレムのような魔物の存在はなかった。それにファルの感知が遅かったのも気に掛かる。レティシアの脳内にけたたましい警戒音が鳴り響く。と同時に美味しそうな匂いがプンプンする。レティシアの錬金魂に火が着いた。


「『未知なる記憶アンノウンブック』ッ!」


 レティシアが虚空に一冊の本を出現させると、それはすごい勢いでページがめくられていく。そして、とあるページが開かれると、眩い光を放つ。この現象が起こると言うことは、目の前のゴーレムが何かしらの素材を有している証左である。


 そのページを見たレティシアの目が驚愕に見開かれた。


「《ダルジャーロンの破核はかく》!?」


 見たこともなければ、聞いたこともない名前である。ちなみに分かるのは素材やアイテムの名前であって魔物の名前が分かる訳ではない。たまに素材の説明文の中にさらりと重要なことや魔物の名前が書かれていることもあるのだが、それは珍しい部類である。


 ゴーレムが腕を振り上げるや、レティシアに向かって振り下ろす。その動きは岩石でできているとは思えない程素早い。大地が抉れ、土埃が舞い、石礫が飛んでくる。至近距離からの攻撃を辛うじてかわしたものの、開かれたページの詳細な内容をじっくり読んでいる暇などあろうはずもなかった。


「どうしろって言うのよッ!」


 何とか身をかわしつつ、レティシアは魔力を練り解放する。


粘性土塊クラドロリィ


 ゴーレムの足元の大地が盛り上がり、粘り気のある土が足に絡みついていく。動きを封じるためだ。しかしゴーレムの動きは止まらない。足止めにすらならない結果にレティシアは一瞬だけ逡巡するが、すぐに頭を切り替えると脳みそをフル回転させる。


 その時、レティシアの影から闇の礫が放たれてゴーレムに命中した。ファルの攻撃だ。その攻撃がさしたるダメージすら与えていないことに改めて驚愕しつつ、レティシアは考えを巡らせる。あの強度はただの岩石ではない。つまり殴っても倒せない。となれば逃げるしかない。しかし、新素材をむざむざと見逃すのは惜しい。彼女の脳内では欲望と命の価値が天秤にかけられていた。


「えーいッ! もう一発ッ!」


 レティシアが選択したのは欲望の方であった。


烈風爪牙シルフィーガ


 魔力の解放と共に、そこらの岩石など簡単に両断する風の斬撃がゴーレムを襲う。

 レティシアの認識が覆される。いくら硬くても多少はダメージが通るだろうと考えていたのだ。斬撃はゴーレムの体を毛程も傷つけることなく、吹き散らされてしまった。


「何か特殊な力が働いている!?」


 ゴーレムの力の根源が分かれば、それに対抗できる力を行使すれば良い。例えば、神星力しんせいりょくを源とする相手なら魔力まりょくであり、魔力まりょくを源とする相手ならば、精霊力せいれいりょくと言った具合に。

 ちなみに命力めいりょくはどの力に対しても有効打となり得るらしい。しかし、ゴーレムに働いている力は、レティシアの知るどの力とも異なっている感じがした。とは言え、どこかで感じたことのあるような力にも思える。


【世界の理よッ! 我が呼びかけに応えよッ! 石の錐ッ!】


 駄目で元々、レティシアが理術を使用する。世界の理に従って周囲の岩石が錐状に変化すると、一斉にゴーレムに向かって飛んでいく。理術は魔術と違って、集中のコツさえ掴めば誰にでも使える便利な術式だ。属性の得手不得手はあるものの、日常的に使っている人も多い。


 石の錐がゴーレムに肉迫する。が、結果は期待外れ。いや予想通りと言うべきか、錐はゴーレムの体に当たると脆くも崩れ去った。


「ファルッ! 撤退よッ!」


 レティシアはそう言うが速いか、脱兎の如く逃げ出した。いくら素早いと言っても人間の全力ダッシュには着いてこれまい。そう彼女は踏んだのだ。

 しばらく走って後ろを振り返るレティシア。


 そこには、人間顔負けのスタイルで追いかけてくるゴーレムの姿があった。

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