第13話 想定外の錬金
スレイヤの家を後にしたレティシアは期待と妄想で胸を膨らませていた。
「ふふふ。楽しみ楽しみ。どんなのが出来るかなッと……」
基本、魔物と戦う際は殴っていくスタイルのレティシアだが、
「って、またお金が消えていくじゃんか……悲しみ……」
泣いたり笑ったりと忙しいレティシアであった。
気が付くと、辺りが茜色に染まっている。もう陽が沈む時間帯だ。レティシアは家までの距離を考えて足を速めた。妄想は帰ってからすれば良いのだ。
ニーベルンの街は比較的治安が良い。しかし、暗くなってからの女性の一人歩きは決して褒められた行為ではない。取り敢えず、この裏道を抜けて大通りに出てしまおうと、普段は滅多に通らない道へと進んだ。この道を真っ直ぐ行けば、速く大通りに出られるはずだ。
レティシアが早足で歩いていると、少し離れたところに空き地があるのが目に入った。そこには数人の大人がしゃがみ込んで何やら話し込んでいる。一瞬、空き地でたむろしてバカをやる残念な大人たちかとも思ったが、どこか剣呑な雰囲気が漂っている。レティシアは身の危険を感じて更に足を速めた。ところが、急ぐ彼女の耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「
レティシアは、ハッとして空き地の方をよくよく見ると、そこには白衣を羽織ったマクガフの姿があった。彼はしゃがみ込んでバッグの中を必死の形相で漁っている。隣には大人の男女が二人。そして、横たわる子供が一人と、心配そうにそれを覗きこんでいる別の子供が二人。レティシアが思っていたよりも多い人間がそこにはいた。先程は陰になって見えなかったのだろう。
「マクガフ先生!?」
「レティシアさん!? 何でここに……いや、トーメル薬を持っていないかね?」
レティシアに気づいたマクガフが、驚きに目を見開いて彼女の方へと詰め寄って来た。更には、鎧病患者である子供の両親だと言う男女もすがるような眼差しをレティシアに向ける。
「いえ……持っていません……」
レティシアの返答に、マクガフたちの期待が音を立てて崩れ去る。三人の大人たちの顔は一様に絶望の色に染まっていた。
「くそッ! 医務所にさえ戻れば……」
子供の様子を見る限り、かなり病気の進行が速い。マクガフの医務所に取りに行くには遠すぎて間に合わないのだろうし、最寄りの薬屋に行ったとしても在庫があるかは分からない。もしあったとしても金額が馬鹿高いだろうことは想像に難くない。
唇を噛んでうつむいていたレティシアが顔を上げると、マクガフが何やらつぶやきながら集中を始めた。おそらく理術を使って進行を遅らせようと考えたのだろう。しかし、理術の治癒法くらいでどうにかなる病気ではない。レティシアにはそれが分かるのだ。マクガフも分かっていてやっているのだろう。
何とかしたい一心で。
レティシアは大きく息を吸い込むと、時間をかけてフーッと吐き出した。素材はある。必要なのは覚悟である。そしてその覚悟は決まった。彼女は腹をくくったのだ。
様々な想いや打算、波及するであろう影響が頭を過りレティシアの頭が高速で回転する。短くない時間が経過する中、己の意志、そして母親から能力を受け継いだ意味をレティシアは思い出していた。
――覚悟は決まった。
「『
声に応えて分厚い本がレティシアの胸の前に出現した。
虚空から現れた一冊の本に驚く一同。
それに構わずレティシアは『
この場に居合わせた全員が口をあんぐりと開けて呆気に取られているのだ。そしてレティシアは、そっと空中に浮かんでいるガラスの容器を手に取ると、鎧病患者である子供にゆっくりと飲ませていく。すると、硬質化が止まり、見る見る内に皮膚が正常な状態に戻っていく。
その場の全員から歓声が上がった。まるで止まっていた時が動き出したかのようであった。子供の両親は涙を流しながら抱き合った後、子供と言葉を交わしては頭を撫でたり、抱きしめたりと忙しない。また他の子供も狂喜乱舞している。
「レティシアさん……。ありがとう。助かったよ」
マクガフは驚愕と困惑が混じったかのような複雑な表情をしている。
マクガフに続いて、両親も慌ててレティシアに近づくと、彼女の手を握って感謝の言葉を繰り返した。
「いえ……今日のことは他言無用でお願いします」
レティシアは戸惑うように言い残すと、その場を後にした。
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