第6話 ストレス解消

「まったく……『錬金術士と言えばスローライフ』だなんて誰が決めたのかしらね?」


 セピア色の空間に途轍もない轟音が響き渡り、今尚、地響きのような重低音と振動は収まる気配はない。この原因を作ったぬしは両手を腰に当て、愚痴のような言葉を漏らしながらも、目の前で起こった出来事に満足げな表情を向けている。


「マスター、また誰かに何か言われたのー?」


 横目で呆れたような視線を主に向けているのは小竜ミニドラコの精霊獣、ファルだ。

 そして、その主の名は、もちろんレティシア・ナミ・フォルトゥーナ。稀代の錬金術士にして、様々な術を扱うことに長け、薬屋を営んでいるうら若き女性であった。未だ治まらぬ暴風にその黒髪がたなびいて所々にメッシュの銀髪が煌めいている。


「ええ。ルナの日に製薬ギルドの人に言われちゃったわ。『喫茶店を作ったそうですねぇ。錬金術でお安く薬を作って安値で売りさばく。錬金術士の方々は悠々自適なスローライフを送ることができてさぞ快適でしょうなぁ』ってね」


 レティシアは少しおどけた振りをして嫌味を言ってきた男性の真似をして見せる。まったく思い出すだけで腹が立ってくるものだ。


「ひどい言われ様だねー。でも我慢だよー!」

「我慢してるわよ? まったく錬金術士の何を分かっているのかしらね」


 レティシアは大きな溜め息を漏らす。


「まぁ、マスターの錬金術は特殊だからしょうがないよねー」


 ファルがどこか諦めたように溜め息をつきながらふわりと浮かび上がると、レティシアの右肩にとまった。ファルの言う通り、レティシアの錬金術は錬金と言ってもこの世界に存在しているその他一般の錬金術士とはその方法は大きく異なる。


「そうは言っても無から有を作り出せる訳じゃなし、必要な素材を苦労して集めなきゃいけないのは一緒なんだけどなぁ……」

「その領域まで踏み込んだらもうそれは錬金術じゃないよねー?」

「そうね。それができたらこんなに苦労してないわ」


 今、レティシアが住む街では一年程前から不治の病が流行の兆しを見せている。その名を鎧病がいびょうと言い、その病魔に侵された者は徐々に体が硬質化して全身が鎧のようになってしまうのだ。今のところ症状を抑える薬はあれど、治療薬はない。現在、レティシアは全力で鎧病がいびょうの解明に取り組んでいるところなのだ。精神が削られる日々が続く中で、喫茶店と言う癒しの場を設けることがそんなにも批難されることだろうかとレティシアの気分は少し沈んでしまう。


「今の私の使命は一刻も早く鎧病がいびょうの治療薬を作り出すこと。必ず患者を救ってみせるわ」

「とにかく片っ端から素材を調べていくしかないねー」


 素材は市場で購入するだけでなく、魔物などを狩って入手することも必要なのである。


「そのために今もこうやって術の試し撃ちをしてるし? 努力してるってことくらいは分かって欲しいものね」


 レティシアはいつまでもくどくどと愚痴を並べるのは性に合わないと思っているし、言っても仕方のないことだとは理解している。それでもレティシアも人の子である。嫌味を言われれば、気分が滅入るのはしょうがない話だ。


「でも、こんな大規模な命術めいじゅつを撃ってるのは単なるストレス解消だよねー?」

「ち、違うわッ! これは錬金に必要な素材を得るために必要な――」

「はいはい。皆まで言わなくても分かってるよー。」


 どこか投げやりな返事にレティシアは慌てて言い返そうとするが、ファルが肩から離れてこのセピア色をした異空間の出口へ向かうのを見て言葉を飲み込んだ。


「さーて……嫌な気分は吹き飛ばしたことだし、喫茶店の準備でもしますかね」


 背後にレティシアの呟きを聞きながら、ファルは「やっぱりストレス解消じゃないか」と心の中でツッコミを入れるのであった。

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