第4話 ルナの日

「今日は仕入れに行かないとね」


 そう言ってレティシアは、ニャルを連れて市場に来ていた。今日のニャルは人化しており、だいたい十歳くらいの少女の格好をしている。歩く度にボブカットの黒髪が揺れる。可愛らしいその姿は、とても目立つようで数々の市場関係者をメロメロにしているらしい。


 ドラゴンテイルは基本的に不定休である。何故ならレティシア自ら、素材収集に出かけることがあるためだ。しかし、定休日もしっかりと存在する。


 それがルナの日である。


 ルナの日には特別に大きな市場が開かれており、その日の市は『四斎市よんさいいち』と呼ばれている。市場は毎日開いているが、週に一度の四斎市では希少で珍しいアイテムが売りに出されることが多いのだ。

 商会主は本店とは別に市場に出店している事が多い。また、店を持っていないが売りたいものがある人や、一日だけ出店したい探究者ハンターなども出店しており、今日も市場は賑わっていた。


 レティシアは、喫茶店でほのぼのした毎日を送るかたわら、薬屋で様々な薬を売って結構な利益を出している。あくまで喫茶店の方は副業なのでこちらの利益はわずかなものである。なので、市場に自分で足を運んでじっくりと品定めする事も多い。そんな日は流石に店を休みにせざるを得ないのだ。


 本当は、精霊獣のファルに店番を頼みたいところなのだが、彼女は日光が苦手なのでレティシアに何か頼まれない限り、日中はずっと寝ているのだ。そのため『未知なる記憶アンノウンブック』で錬金術を使っている夜中だけ起きている。正直、寝ている時間の方が長い気がしないでもない。


 それにしても、こと錬金術に関して言えば、本当にレティシアの能力は優れている。


 これは単なる自画自賛ではない。


 レティシアは『未知なる記憶アンノウンブック』の能力を行使することによって、素材さえ揃っていれば、一瞬で薬やアイテムを創り出すことができるのである。通常の薬師や錬金術士が、かなりの手間暇をかけて調合や錬金を行っている中、レティシアは高品質のものを速く、安く創り出せるのだから、最早、反則の部類だろう。 


「よぉ! レティシアちゃん、今日は何を仕入れにきたんだい?」

「ウォルマーさん、こんにちは。新しい薬に挑戦してみようかと思いまして……」


 誰でも調達が可能な素材は、毎月定量をおろしてもらっているが、イレギュラーなものを錬金したい時や、品薄になった商品がある場合は自分で仕入れに来るのである。


 ウォルマーは、薬関係の素材を売っている、ニーベルン指折りの大店おおだなである。


「新薬かい? またギルドからの風当たりが強くなるんじゃないか?」

「うーん。製薬ギルドさんから何か言われるかもですが、仕方ないです」


 レティシアは薬ギルドには加入していない。何故ならギルドに加入しているとレティシアが自由に価格設定できないからだ。庶民が薬を買えないのはレティシアの望むところではない。薬屋ギルド加盟店の薬の値段がバカ高いのが問題なのである。本来ならば、ギルドに加入していないと薬屋を営業する事すらできないのだが、その辺は現在、解決している。


 ひと昔前に争いになって、領主が出てくる程の問題になったのだが、庶民や貧民層、更には医者たちの後押しがあったお陰でなんとかなったのだ。


「このノイエルンの実とファッサ草をそれぞれ300グラム、トロールの魔核五個をくださいますか?」

「毎度ありッ! トロールの魔核は珍品だぜ! 全部で金貨十八枚だッ! 少し負けとくぜ!」


「ありがとうございます。休みの日にでも喫茶店の方へ顔を出してくださいね」

「おう! また寄らせてもらうよッ!」


 素材を受け取ると、ニャルの背負っているリュックに入れて再び市場を見て回る二人。本当は毎日でも来たいのだが、今の生活リズムでは朝早く市場に来て掘り出し物を物色するのは辛い。日中は様々な文献や知識書を読みつつ、喫茶店の営業、夜中は遅くまで錬金術を行使したり、『未知なる記憶アンノウンブック』を解読したりする生活だ。


 『未知なる記憶アンノウンブック』は未だ解読できていない箇所がたくさんある。レティシアの祖先たちが努力して解読を試みてきたにも関わらず、だ。レティシアは、それが様々な錬金術の試行を経て解き明かされる知識書でもあると考えている。


 顔なじみに挨拶しながら、珍品や掘り出し物がないか物色して歩いていると、不意に声をかけられた。


「お、レティちゃん、良いところに来たな。今日は変わったものが入ってるぜ」

「あ、こんにちは。フェルムートさん、どんなものか見せてもらえますか?」

「おお、ちょっと待ってな」


 そう言って店の奥に引っ込むと何やら岩石のようなものを持って来た。


「でかッ!」


 岩石に薄い紫色の煌めきを持つ鉱物のようなものが亀裂状に走っている。

 宝石としても売り出せそうな美しい石である。


「これなんだがな。綺麗だろ? 何かは解らないんだが、珍しいものを集めてるレティちゃんの顔が浮かんでな? 思わず買っちまったんだ」

「なんでしょうか。初めて見ますね……」

「なんでも王都でナンバーワンの探究者、ロック・ラインハートが持ってきたって逸品だ」


 ロック・ラインハート――その名を聞いて知らないと言う者はいない凄腕の探究者ハンターである。


「彼から直接買い付けたんですか!?」

「いや、王都に仕入れに行った時にあのノーザンヌ商会でな。今まで色んなものを見てきたが、初めて見たぜ。どうする?」

「いくらですか?」

「なんでも雷竜サンダードラゴンの体内から出てきたものって話だからな。金貨五十枚ってとこだな」


 雷竜サンダードラゴンが狩られたと言う話をレティシアは聞いた事がなかった。

 これが本当に雷竜のものならば、おそらく、素材関連はかなりの高値がついているはずだ。

 何に使えるかは『未知なる記憶アンノウンブック』を発動してみないと分からないが、何かの材料になるのだけは間違いないようにレティシアには思えた。それに錬金や加工をせずとも、そのままでも使えそうな気もする。

 しかし、ここで虚空から『未知なる記憶アンノウンブック』を出す訳にもいかないので、この岩石が何なのかは分からない。もし何かの素材になるものであるか、特殊なアイテムそのものであるならば、それの前で『未知なる記憶アンノウンブック』を発動させれば、それが何か判明すると言う訳だ。そうやって『未知なる記憶アンノウンブック』のページが増えていくのである。こうやってページを埋めていくのが自分の使命だとレティシアは思っている。


 何とか手に入れたいと考えたレティシアはフェルムートに提案した。


「ローン組めませんかね? 今、持ち合わせがなくて……」

「買いたいって事は何かの薬になるのかい?」

「いえ、そこまでは分かりませんが、有用な素材になる事は間違いないです」

「錬金術の方か。ふーむ。他ならぬレティちゃんの頼みだ。頭金で金貨五枚収めてくれれば分割で良しとしようか」

「払います。契約をお願いします」


 この世界は契約社会だ。

 契約を交わすために、公証人が存在している。彼らは契約魔法を使い、契約者を縛り約束事が遵守されるのを見届ける事を生業なりわいとしている。商家に雇われている公証人も多い。


「すぐに本店から公証人を連れてくるから、十の刻にまた来てくれるかい?」

「分かりました。お願いします」


 そう言って、レティシアはフェルムートにお願いすると、再び市場を周り始めた。

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