第3話 奇妙な2人
「ヴィスタイン! は・や・く……は・い・り・な・さ・い・よ~!」
そう大声で叫びつつ、男性の背後から顔を覗かせたソレの正体は、金髪をサイドテールにした女性であった。長い耳をピクピクと動かしながら目の前の男性を押しのけようとしているのか、両手で彼の背中から圧力をかけている。おそらく必死なのだろう、
「……」
一方の男性――ヴィスタインと呼ばれた人物は、一言も発することもなく、更には、彼女に構う素振りすら見せずに店内の様子を一瞥すると、ようやく空いている席の方へ移動を開始した。
「ふ~。やっと入れた……」
そうこぼしながらもヴィスタインに続いて店内に足を踏み入れた彼女は、ぐるりと店内を見回した後、レティシアの方に顔を向けて言った。元気が良く張りのある声だ。
「良いわ。とっても良いお店ねッ!」
「あ、ありがとうございます」
レティシアが何とか言葉を返して、その耳の長い小柄な女性――おそらくエルフだろう――をじっと見つめていると、彼女が親指を立ててどこか自慢げな表情で見つめ返してきた。
その二人の風貌は、
ヴィスタインは座ったきり、じっと動かないで何も話す様子がない。また、女性の方は未だ席に着かずに、テーブルに置かれている小物やカウンター、開放された小窓に目をやっている。おそらく店の内装を見ているのだろう。キョロキョロと辺りに視線を走らせ、一向に座る気配がない。そんな中、ヴィスタインが唐突にボソリとつぶやいた。
「ミレーユ」
「ああ、ゴメンゴメン」
ヴィスタインの低めの声が女性の背中にかけられる。結構、渋い声をしている。
ミレーユと呼ばれた女性は謝りながら席に着いた。
「いや~。いい雰囲気の店だなぁと思ってさ」
ミレーユの何気ない一言にレティシアは相好を崩すと、注文を聞くために二人に声をかけた。
「メニューなんですが、実は二つしかないんです」
「へ~。そうなの? もしかしてお店を始めたばかりなの?」
「実はそうなんです。だからメニューはコーヒーとクッキーだけなんです」
「ふ~ん。って言うか、こーひーってナニ?」
「あたしが新しく開発した飲み物です」
「クセになるぜ! 味は保証する!」
アンソニーからフォローの言葉が投げかけられる。
それを聞いてミレーユはヴィスタインの意見も聞かずに即決した。そうは言ってもメニューは二つだけなのだが。
「じゃあ、そのコーヒー?とクッキーをもらおうかしら」
「かしこまりました。しばらくお待ちくださいね」
レティシアは注文を聞くと、すぐに工房へと向かう。クッキーが焼けているのを確認するためである。最近は常連客の数も増えてきたので、少し多めに作っているのだ。オーブンを開けると、ちょうど良いタイミングだったようで、中から香ばしい香りが彼女の鼻孔をくすぐった。焼き上がったクッキーを白いお皿に盛りつけると、トレイに乗せてお店へと戻る。
レティシアが戻ると、ミレーユが精霊獣のニャルと戯れていた。ミレーユはどこから取り出したのか、猫じゃらしのような玩具を手にしている。ニャルはそれが気になるのか、手を使って、てしてしとちょっかいを出している。最近になってようやく人化ができるようになったニャルはまだまだ幼くて気難しい。そんなニャルが初めて来店したお客さんと楽しそうに遊んでいるのを見てレティシアは微笑ましく思った。
トレイを置いて、コーヒーを入れ始めると、その香りがミレーユの鼻に届いたのか、彼女はニャルの相手を止めてふらふらとレティシアの方へと近づいてきた。
「変わってるけど、さいっこうに良い香りね! 興味深いわ!」
「飲んでみるとまたびっくりしますよ」
レティシアはカップにコーヒーを注ぎ終えると、トレイに乗せてヴィスタインの座る席へと歩み寄る。ミレーユもどんな味か気になるのか、今度ばかりはそそくさと席に着いた。一方、遊び相手がいなくなったニャルは、自分の指定席であるカウンターの上へと飛び乗って毛繕いを始めた。
「お待ちどぉ様。コーヒーとケレノルナッツのクッキーです。コーヒーにはお好みでそこにある砂糖を入れてくださいね」
「ありがとう!!」
ミレーユが大きな声でお礼の言葉を口にした。本当に気持ちの良い人である。
「最初は何も入れずに飲んでみたらいいぞ! ブラックって言うんだ」
カウンターからアンソニーの得意げな声が飛んだ。常連客としての自負があるのか、ニコニコしながら飲み方を教授している。それを聞いたヴィスタインは何も入れずにカップに口をつけた。今までずっと無表情だった彼の顔が少し歪む。
「苦い」
「うん。苦いね~」
「苦いだろ? だが、それがいい」
アンソニーはどこか自慢げな顔をしている。
ヴィスタインの言葉には短い中にも感情がこもっていて、レティシアは何だ、こんな声も出せるのかと少し驚いた。ミレーユも舌を出して苦さを大袈裟に表現している。
次に彼らはクッキーにも手を伸ばした。コーヒーが苦かったので警戒したのか、クッキーもちびちびとかじっていて、レティシアにはそれがリスの食事風景を連想させて自然に顔が綻ぶのを感じた。
「こっちはほんのり甘くて香ばしい! ナッツがとても美味しいわ!」
ミレーユがレティシアの方を向いて率直な感想を述べる。それを聞いてレティシアは改めて喫茶店を作って良かったと思った。
レティシアがカウンターに戻ると、指定席に陣取っていたニャルが膝の上に乗ってくる。先程の遊びが中断されたので甘えモードのようだ。よしよしと頭と喉元を撫でてやると、気持ちよさそうにあくびを一つ。それに釣られてレティシアもあくびをしてしまう。
それからしばらくアンソニーと雑談をしていると、二人が席を立ち、カウンターの方へとやって来た。彼らのテーブルを見ると、皿もカップも空になっている。彼らから代金を受け取ると、ミレーユが名残惜しいと言った表情で見せる。
「あんな飲み物初めてだわ。クッキーも美味しかったし、また来るわね」
「あの苦さが病みつきになりそうだ」
言葉少なげなヴィスタインもボソッと感想を漏らす。
「ありがとうございます。是非またいらしてください」
「しばらくニーベルンにいるつもりだから、またお邪魔するわ」
そう言うと、ミレーユはレティシアに手を振りながら店を後にした。その後をヴィスタインが着いて行く。
「ありがとうございました!」
ドアの開閉に合わせて鈴の音が鳴り響いた。
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